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ジム・ハットンの数奇な運命と「無償の愛」

無償の愛について。

フレディは愛を求め、愛を歌いましたが、人間の感情的な愛は有限のものです。
それに対して、限りのない愛、見返りを求めない愛は「無償の愛」。
母親が子供に注ぐ愛は、無償の愛だと言われます。
条件付きの愛ではないので、ありのままで100パーセント受け入れられる愛のこと。
無償の愛は、いくら分け与えても全く減らない愛でもあります。

フレディはきっとそのような愛を求めていたのでしょう。
ママを吊し上げたり(タイ・ユアマザー・ダウン)、殺人を告白したり(ボヘミアン・ラプソディー)しながら、最後に行き着いたのは「マザー・ラブ」母なる愛でした。
歌詞の中にあるママは、現実の母親に重ねた大いなる「母なるもの」でしょうし、太古の女神だったのかもしれません。
「母の中に帰りたい」というのは、生まれる前の世界、静かなやすらぎの世界に戻りたいという願望でしょう。
母とは、大地母神やグレートマザー、またはガイア(地球)のことかもしれません。

フレディの一生の中には、周囲に興味深い人物が多々見受けられます。
ジム・ハットンもその一人で、数奇な運命を辿った人物ではあります。
ジム・ハットンがフレディと共に過ごした6年ぐらいのうち、4年半は闘病生活だったわけですから、病気の憂いのない時期は思いのほか短かかったことになります。
とくに最後の頃は看病に明け暮れる毎日で、最愛の人が病気に蝕まれていく様を見続けなくてはならない、まことに辛い日々でした。

ジム・ハットンとフレディの関係は平穏なものではなく、常に他の恋人の影もちらつくし、影どころではなくフレディが恋人を家に連れてくるし、痴話喧嘩はするわ、フレディに「出て行け!」と言われたこともあるし、裏切り者の嫌疑をかけられたこともある。
それでも別れなかったのは、ひとえにジムの人徳のなせるわざ。
私だったら、とっくに別れてます、ハイ。(情けない・・・)
フレディはジムに喧嘩をふっかけて、愛情を試していたのですね。
フレディはジムと「戦っていた」と言っていましたが、恋人と戦わないでね!
ジム・ハットン

そしてジムという人間が、とりわけ光り輝いて感じられるのは、フレディが病気を告白した時。
フレディが「きみは自由に出て行っていいんだよ、ドアは開いているから」と言うと、ジムは「出ていくなんてことはない。ずっときみの側にいるよ」と言います。
これってすごくないですか!?
当時、エイズは治療法がなく、死に至る病として恐れられていました。
もし自分の恋人や配偶者がそのような病になったら、あなたならどうしますか?
当時は病院でも、医療関係者が感染を恐れて、治療から逃げることもあった時代です。
自分にも感染の恐れがあり、死ぬかもしれないというのに、ジムはフレディの側にいることを選んだのです。
これこそが自分よりも相手の幸せを願う「無償の愛」なのです!
ジムは「無償の愛」を実践したことで、精神的に大きく成長したことでしょう。

ジムは案の定、病気に感染していましたが、そのことを1年ぐらいフレディには隠していました。
それはもし事実を伝えれば、フレディが感染させたことで自分を責めるだろうから、彼を苦しめたくなかったため。
そこまで気配りができるというのは、相当に人間が出来ていると思うし、本当にフレディを愛していたのでしょう。
ガーデンロッジでは、まさに愛と死のメロディーが奏でられていたのです。
ジムとフレディ

フレディの死により、ジムは悲哀のどん底に突き落とされ、孤独の淵をさまよいました。
この時もジムの寂寥を癒してくれたのは、2匹の猫だったといいます。

そして数年後、とてつもない僥倖がジムのもとに訪れます。
エイズの治療薬が開発されたのです。
フレディの死を看取ったジムは、自分も同じように衰えて死ぬことを覚悟していたはずですが、ここで予想だにしなかった逆転ホームランが起こり、文字通り起死回生を果たしました。
きっとジムはこの幸運を神に感謝し、フレディには救いの手が届かなかったことを無念に思ったことでしょう。
それから10年以上を生き延びたジムは、故郷のアイルランドへ戻り、フレディの思い出とともに穏やかな人生を送ったようです。
人生において、これほどの幸福と衝撃と悲哀と安堵と諦念を感じた人というのも珍しいのではないでしょうか。


話は変わって、スペインの作曲家で、グラナドスという人がいます。
彼は愛妻家で、1916年のアメリカ演奏旅行にも妻を帯同していました。
演奏旅行は成功し、船で帰路に着いたのですが、ロンドン経由で英仏海峡を航行中に、ドイツ潜水艦による魚雷攻撃を受け、夫妻はその犠牲になってしまいました。
この時、グラナドスは救命ボートに救い上げられるところだったのに、波間に溺れる妻を見て、助けるために海に飛び込み、そのまま二人はもつれ合うように暗い海の中へ消えていったという。
グラナドスは48才でした。
グラナドス

自分の身の安全を顧みず、妻を助けるために海に飛び込み、命を落としたグラナドス。
結果的には妻を助けることはできませんでしたが、これも「無償の愛」だと思います。

もしあなたの恋人や配偶者が海で溺れていたら、あなたは海に飛び込みますか?
または子供やペットだったら飛び込みますか?

「無償の愛」とは、仏教では「慈悲の心」と言われます。
慈とはいつくしみ、悲とは同情、あわれみです。
要するに、人にはなるべく優しくしましょう! ということですね。

「無償の愛」とは、宇宙にあふれる生命エネルギーのことでもあります。
このエネルギーに触れると、活力と幸福感が得られ、周りの人たちにも放射することができるようになります。
私たちは本来は孤独ではないし、満たされた存在です。
ただそれを思い出しさえすればいいのですけどね。


リベラルな生き方を貫いたフレディ

フレディはリベラルな生き方を貫いた人ですが、リベラルについて考えてみます。
リベラル」とは自由な社会を目指す運動のことで、リベラリズムは「自由主義」、リバティは政治的な自由を意味します。
自由主義は18世紀の啓蒙思想から始まり、18世紀半ばにはイギリスで産業革命が起こります。
産業革命は、科学技術の革命であり、知識革命でもありました。

産業革命後の18世紀半ばから20世紀初頭までが「前期近代」で、科学技術による豊かさの追求が行われました。
ヨーロッパ列強は植民地を次々と広げ、富を蓄積していきました。
日本も帝国主義となり、朝鮮半島と台湾を植民地化します。
2度の世界大変を経て、米ソは大量の核兵器を保有したことで、もはや大国間の戦争は不可能になりました。
そこで国家の存在意義は、領土の拡張から経済成長へと移行し、国民の豊かさがもたらされるようになりました。
これが「後期近代」であり、「福祉国家の誕生」です。

第二次世界大戦後の豊かさを背景に、人々の価値観は大きく変わりました。
それが「私の人生は私が自由に選択する」です。
中世や近世はもちろん、日本では戦前まで「人生を選択する」などということは不可能でした。
長男は家業を継ぎ、次男は家を出て働き、女の子は親が決めた相手と結婚するに決まっていたのです。
ところが1960年代になると、自分で職業を選び、好きな相手と結婚し、自由に生きることができるようになったのです。
これは人類史上かつてなかった巨大な変化なのです!

社会が自由化されていくと、1960年代末のアメリカで、ベトナム反戦運動、公民権運動、そしてフラワームーブメントが起こりました。
フラワームーブメントとは、セックス・ドラッグ・ロックンロールのヒッピーカルチャーのことを指します。
若者は旧来の常識的な生き方を嫌い、自由で革新的な文化を作り出しました。
リベラリズムとは、もともと宗教や権威からの自由を求める思想だったので、60年代アメリカのカウンターカルチャーは、それを更に推し進めたものと考えられます。
女性の権利も躍進し、それまでは男性の「所有物」だった女性に、選挙権と財産権が認められ、ついにフェミニズム運動となって広がりました。
自由なフレディ

現代の社会は、リベラル化が進んでいます。
リベラルな社会は、人種や民族、国籍、性別、宗教、年齢、障害の有無などによる差別を認めません。
それらは本人の意思や努力では変えられないものだからです。
だからリベラルは、人種差別(アパルトヘイト)を許されない悪とし、ゲイ解放運動に賛同します。
すべての人が「自己実現」の権利を持つと考えるからです。
リベラルはLGBT同性婚を支持します。
それは「異性を愛するのも同性を愛するのも個人の自由で、誰と結婚しようとあなたの勝手」と考えるからです。

1960年代のアメリカでは、誰にでも平等に自己実現の権利があり、それと同時に自己責任があるという考え方が広まりました。
それが「自己啓発」として発展し、「自分探し」をする人々が増えました。
そしてついに「人に迷惑をかけなければ何をやってもいい」という人々が現われましたが、果たしてそうでしょうか?
自由平等な社会で、国籍や国境を越え、宗教や性別も越えて、好きなようにフリーセックスに興じた人たちがエイズの洗礼を受けたのは何故なのでしょうか? 

アメリカでは1981年に保守派のレーガンが大統領になると、「リベラルは敗北した」と言われました。
しかしリベラルは敗北せず、ニューエイジ思想に漬かったヒッピーだったジョブスが、シリコンバレーのヒーローとなりました。
今のシリコンバレーは1960年代のヒッピーカルチャーを引き継いでおり、ヒッピー的なライフスタイルを取り入れた若い富裕層が「ブルジョア・ボヘミアン」と呼ばれています。
彼らはカジュアルな服装で、フリーエージェントとして好きな仕事をし、自然を愛し、テクノロジーによる「より良い未来」を信じています。
(橘玲氏の資料による)

こうした時代の流れの中で、フレディの生き方と功績を見直してみましょう。
フレディの生き方は、徹底したリベラルです。
人種や民族、国籍、宗教、性別、年齢を超える生き方をし、ゲイ解放のアイコンとなりました。
古い宗教に捉われず、革新的な音楽で世界中の人々を魅了し、ロックスターとなりました。
ロックは反権力、反戦平和を求める音楽で、リベラルの象徴とも言える若者文化の最先端でした。
フレディも「自分の人生は自分で決める」と言っていますが、これこそがリベラルの真髄です。
リベラルな社会では、豊かさにより自由を得た人々が自己実現を目指します。
フレディは最大限に「自己実現」を果たした人となりました。
フレディは私たちに、自分が何を成すべきかという問いかけを投げてきます。
リベラルを追求したフレディは、リベラルに敗れたけれど、そのことによってきっと私たちに何かを教えようとしているのでしょう。
リベラルなフレディ

現代の社会は、「知識社会化」「リベラル化」「グローバル化」が進んでいます。
テクノロジーの発達によって、豊かな「知識社会」になると、優秀な頭脳を持つ人に有利な世の中になり、知識による格差が生まれるようになりましたが、
一人一人の自由な意思によって自己実現を目指すようになり、社会はますます「リベラル化」が加速します。
進化したテクノロジーにより、国境を越えた人・モノ・カネの移動が可能になり、世界が「グローバル化」しています。

クイーンは1970年代から、すでにグローバルな活動をしていましたが、インターネットの登場により、近年ではますますグローバルな販売網が発展しています。
もうすぐCDを買う人はいなくなるかもしれないので、最後のCD大売り出しをやっているかのようです。
(すでにミュージシャンがCDを製作して販売する方法は無くなりつつあります)

現在は、最先端のテクノロジーを開発する少数の知識層(シリコンバレーの起業家など)に、莫大な富が集中していますが、
これから2045年ぐらいにシンギュラリティに到達すると予測されています。
シンギュラリティとは、簡単に言えば人工知能が人間の知能を超える特異点のこと。
これは第4次産業革命ともいわれて注目を集めています。
これから単純な作業や労働は、機械にとって代わられていきますが、人工知能は人間を凌駕してしまうのでしょうか?

かつては力の強いものが勝利し、沢山の獲物を取れる人が尊敬される時代がありました。
それからは財力や知力がものを言う時代になり、現在は学校で頭に知識を詰め込み、高い学力を身につけたものが有利な就職先を獲得できて、安定した収入を得られる世の中になっています。
ところがこれからは知識を記憶することは機械の方が得意なので、人間が知識を蓄積する必要はなくなり、このままの学校教育では大学を出ても就職先が見つからないことになってしまいます。
それで現在、世界中の教育者たちは、子供達に何を、どのように教えたら良いのか困惑し、苦悩しているのです。

楽観的な見方もあります。
齊藤元章氏によると、単純な労働は機械に任せれば、自由になった時間で人間は創造活動に邁進することが可能になり、その結果、各個人の創作はネット上に集合地として蓄積され、現在の芸術を越えた、はるかに独創的なものや、新しい価値観が創り出される可能性があるとしています。

2045年問題の彼方、人類はどうなっているのか、私はもう生きていないだろうけれど、私も未来のことを考えています。
今の人間の知性が最高の価値を持たなくなった世界。
それは左脳だけの知性だけではなく、右脳も活性化した知性であり、感性と創造性が豊かに発揮されながら、人間は新しい知性へと発展していくのではないでしょうか。
新しい知性とは、かつて失われた知性を取り戻すことなのかもしれません。

フレディの過度な依存癖

依存症について。
依存症には、アルコール・ドラッグ・ギャンブル・セックス・買い物などがありますが、依存症になると、脳が刺激と報酬を求めてエスカレートしていきます。
アルコールやドラッグを摂取すると、ドーパミンが分泌されます。
快楽物質が放出されると、中枢神経が興奮し、それが快感と喜びにつながります。
繰り返されると、脳が報酬を求める回路ができあがります。

依存症は「こころの病気」とされ、ストレスや虚しさや寂しさを、酔いや高揚感によって「自己治療」していると考えられます。
沢尻エリカのニュースを見ても、こころの病気なんだろうなと思います。

子供の頃に、きびしすぎるしつけや過保護、過干渉であると「人から見捨てられたらどうしよう」という不安を抱くようになり、自己肯定感が低くなります。
挫折した時に不安や空虚感が内面に広がり、自己評価が下がります。
すると反対に、自己愛を肥大化させて、自分をより立派に見せようとして、なりふりかまわない努力をしたり、いつも他人の賞賛を求めるようになります。他人からの批判には激怒します。
自己評価が低いのにプライドが高いという、矛盾した不安定な心を持ち、安定感や充足感がなくなります。
それで虚しさを埋めてくれる何かに依存するようになります。

フレディの場合は、セックス依存と買い物依存がありました。
セックス依存は、不安やストレス、虚しさから逃れるため、快感によって「自己治療」しようとする行動です。
がまんできない感情を麻痺させるために、性的な行動をとります。
解決できない感情的な痛みがあり、そこから気をそらしたいから依存症に発展します。
ストレスや不安、孤独に耐え切れず、退屈を紛らわそうとします。
背景には必ずトラウマがあり、子供の頃にショックなことがあったのに対処しなかったり、自尊心が傷つくことがあったはずです。
そして、まさにDon`t stop me now! やめたいのにやめられない状態になったのでしょう。
やめたいのにやめられない

フレディの主な恋人たち。
◯メアリー・オースティン  1970〜1976
◯デビット・ミンス     1975〜1978 メアリーと別れるきっかけになった人。
 フレディは「You take my breath away」と「Good Old Fashioned Lover Boy」を彼のために作った。
 「You take・・・」がミンスのことだったとは驚き。フレディは彼を地球の果てまで追いかけると言っている。
◯ジョー・ファネリ      1978〜1979   
    別れた後、フレディがファネリをアメリカから呼び寄せる。
    フレディが亡くなるまで、ガーデンロッジで一緒に暮らした。
◯トニー・バスティン     1979〜1980
◯ピーター・モーガン       〜1981    数週間のみ
◯ヴィンス
◯ビル・リード         1982
    リードはフレディに暴力をふるい、フレディの腕が血まみれになったので、
   ピーター・フリーストーンが運転して病院へ連れて行った。
◯ウィニー・キルヒベルガー 1983〜1985
  フレディはウィニーを深く愛したが、ウィニーのボーイフレンドのことで悩んでいた。
  ウィニーは英語を少ししか話さなかった。
◯ジム・ハットン        1985〜1991

その他にも女優のバーバラがいるし、男娼を買ったこともあり、軽い付き合いの男性が何十人か、何百人かいました。
バーバラによると、「名声のせいで彼は世界一孤独な人だった。孤独のせいで過度な遊びに走ったのよ。フレディは何でも極端だった。恐ろしい代償を支払うことになった。こんなつもりではなかったはず。でも望みはかなった。不死を望んで、不死を手に入れたのよ。」
フレディの恋人たちは、多くがエイズに感染し、ジョー・ファネリ、トニー・バスティン、ビル・リード、ウィニー・キルヒベルガーは共にエイズで若くして亡くなりました。ポール・プレンターも同様です。
ミックロックと
写真家のミック・ロックは恋人ではないと思うが?

買い物依存は、男性の場合、車や骨董品、腕時計や愛人ヘのプレゼントで散財しやすい。
原因はストレスと考えられ、真面目で責任感が強く、周りに辛い顔を見せられないので、プレゼントを振舞おうとします。
劣等感が強く、虚栄心が強い人がなりやすい。(フレディのことではなく、一般論です)
自分に自信がなく、孤独を抱えている人が、寂しさを埋めるために買い物をする。
自分の価値を買い物によって高めようとします。

買い物依存とはいえ、フレディの場合はお金持ちなので、買いすぎて困るということもないし、社会的な問題は起きていないので、病気というほどではないと思います。単なる気晴らしだったのでしょう。

フレディの依存癖について書きましたが、これは決して彼を非難するためではなく、フレディがそのような状況にありながら音楽活動を続けたことを賞賛したいのです。むしろ孤独でぎりぎりの状況に自分を追い込んで、それを創作の原動力にしていたのかもしれません。
氷の刃の上を歩いていた壮絶な精神のフレディ!
フレディに永遠の安息を与え給え!
                             

不安型愛着障害で解き明かすフレディの恋愛

愛着障害」という観点から、フレディの行動と恋愛について、解き明かしてみます。
愛着障害とは、生まれて2年目までに形成される普通の母間の愛情が、うまく形成されていないことから起こる心理的な問題のことを指します。
愛着は母親との関係だけでなく、全ての対人関係の土台となります。
一歳半の時の愛着パターンは、大人になってからも7割の人で、同じ傾向が認められます。

愛着が重要なのは、愛着のパターンが生涯にわたって、その人の情緒的、認知的、行動的、社会的発達に影響を及ぼすからであり、愛着の土台が不安定であると、発達にも影響が出ることになります。
安定した愛着を土台として、子供は様々なことを学び、吸収し、成長していきます。

愛着には、4つのタイプがあります。
安定型愛着スタイル
対人関係において絆が安定しています。
安定型の人は、安定した愛情の元で育っているので、自分が愛着し信頼している人が、自分をいつまでも愛し続けてくれることを当然のように確信しています。
人の反応を肯定的に捉え、自分を否定しているとか、軽蔑しているなどと誤解することはありません。

回避型愛着スタイル
距離を置いた対人関係を好みます。
親しい関係や情緒的な共有を重荷に感じやすく、親密さを回避しようとします。
縛られることを嫌い、人に依存せず、自分も人に依存せず自立します。
他人に迷惑をかけず自己責任を重視します。

不安型愛着スタイル
人に気を使ってばかりいて、相手の反応が悪いと、嫌われているのではないかと不安になる。
人に受け入れられているかどうか、人に嫌われていないかどうかに関心がある。
愛されたい、認められたいという気持ちが非常に強く、対人関係では愛情や思いやりを重視する。
拒絶されたり、見捨てられることに対して、極めて敏感で、少しでも冷たくされると、激しく不安になります。

恐れ・回避型愛着スタイル
愛着回避と愛着不安が両方とも強い場合、人と仲良くしたいと思うが、親密になることで強いストレスを感じたり傷ついてしまう。
人を信じたいけれど信じられないというジレンマ。

愛着障害は、大人のおよそ3割が抱えていると言われています。
7割の人は安定型ということになりますが、果たしてそうでしょうか?
愛着障害は、以前は愛情飢餓と呼ばれていたもので、子供の頃の愛情不足による心理状態のことです。
心の中に寂しさを抱えた人というのは、案外3割よりも多いように思うのですが、いかがでしょうか?

フレディの場合は、1歳半までの母親との関係がどうであったかはわかりませんが、8才で両親と離れて全寮制の学校に入ったため、心の中に大きな寂しさがありました。
学校に入っている間に、家族との心理的な距離が離れてしまったようなことを言っていました。
子供の頃から自立心が養われたというのは、本人の弁です。
フレディには、愛情に飢えている人の特徴が見られます。
強いメイク
強いメイクのフレディ

愛情に飢えている人は、人からの愛情を試します。
本当に愛されているのかどうか、わざと嫌われるようなことをして確認します。
他人に親の役割を重ね合わせ、無条件で愛情を注いでくれることを求めています。
フレディはずいぶんジム・ハットンの愛情を試していました。何度も出て行けと言ったり、別れると言ったり、ジムの友達がフレディの物を盗んだと疑ったり、ジムがフレディのプライベートをマスコミに流していると疑ったりしていました。

愛情に飢えている人は、何かあるとすぐに感情を暴走させやすい。
人から愛情を受け取る安心感をあまり経験していないため、常に孤独や不安を感じている。
心が満たされない状態であることが多く、冷静な精神状態を保つことが難しい。
ジム・ハットンがフレディと出会った頃、フレディは成功して大金持ちだったけれど、何か不安そうだったとジムは書いています。
フレディは何か気に入らないことがあると、すぐに怒るのですが、それは自分が大切にされていないと感じるからではないか。
ピーター・ヒンスも、フレディにはオーラがあるが、一緒にいてリラックスすることはなかったと書いています。

愛情に飢えている人は、誰かにわかってもらいたいと常に思っています。
自分が一番にならないと気が済まず、人から大切にされたいと強く思っています。
自分からは相手にまっすぐ心を開く方法を知らず、なかなか人と心を通わせることができません。
フレディは、自分の周りに壁を作り、人が入って来られないようにしていると言っていました。
誰にも自分のことはわからないと言っていましたが、それは本当は「わかってほしい」という意味だったのではないでしょうか?

愛情に飢えている人は、人からの評価によって、自信が極端にアップ・ダウンします。
内心では自分のことを好きだと思えないことが多く、自信が持てません。
人と比べてすぐに劣等感を感じ、何かと悩んでしまいます。
東郷かおる子さんが「フレディは不憫な性格で、自分のことが好きだけど、好きじゃなかった」と言っていました。
フレディはプライドが高かったけれど、マスコミのバッシングには傷つき、自分の歯並びなどに劣等感を持っていました。
自分が好きじゃない

子供時代に甘えや我儘が全く許されなかった人は、人よりも早く自立し、強い自立心がありますが、他人の甘えや弱さを許さない厳しさや冷たさを持つようになります。
子供時代に十分な愛情を受けた人は、甘えていた子供から、甘えさせることのできる大人(他者を見守りながら育てようとする大人の態度)へと向かって伸びやすくなります。
フレディの場合は、全く甘えられなかったかどうかはわかりませんが、両親から過保護に可愛がられたり、またある時は親の意に沿わないと、強く拒否されるといった極端な育ち方をした可能性があり、不安定な愛情の持ち方になったのではないかと考えられます。

愛情に飢えている人は、両親から思うような愛情が得られなかったので、そのかわりに恋人に甘えようとしますが、甘えさせてもらえないと、すぐに浮気に走ります。「さみしかったから」という理由です。
他に自分の理想のの人がいるはず、と探します。
同時進行で付き合ったり、セフレを作ったりして、自分の満たされない穴を埋めています。
孤独に弱く、一人でいられません。
他人の都合を考えず、夜中に電話したり、頻繁に連絡をとろうとします。
すぐに「好き」と言いますが、それはこんなに好きなのだから、同じように自分のことを好きでいてね、という意味です。
見捨てられたくないための愛情表現です。

この「愛情に飢えている人」というのは、愛着障害の不安型と良く似ています。
不安型は愛されたい気持ちが強く、見捨てられ不安があるので、愛情の対象と密着して安心を手に入れようとします。
すぐに恋愛モードになりやすく、仕事上の関係が恋愛に発展しやすい。
そう、フレディの恋愛関係で不思議だったのは、仕事関係の人物を恋人にするケースが多いことなのですが、これがその理由だったのです。フレディはレコード会社の上役や、マネージャーと恋愛関係になりましたが、それって仕事がやりにくいんじゃないの?というのが私の素朴な疑問だったのです。
フレディにとっては、仕事がやりにくいどころか、仕事関係をより強固なものにしたいという願望があったのかもしれません。

不安型の人は、相手から愛されたいという願望だけではなく、相手を理想化したり、相手と合体したいという無意識の願望があります。
なるほど、フレディは自分の恋愛体験から、多くの優れたラブソングを書きましたが、そのすばらしい歌のきっかけとなった元カレの写真を見ると、どうしてこの人のことがあんなに美しい歌になるの?という疑問が湧いたりするのも、相手を理想化していたからなのかもしれません。

不安型の人は、べったりとした依存関係を好みます。
親密になればなるほど、相手を自分の一部のように思い込んでしまいます。
見捨てられ不安が強いので、相手の愛情を確かめる行為も強くなります。
猜疑心や嫉妬心が強く、相手の行動を縛ったり、監視したりすることもあります。
フレディは自分では夜遊びをしているのに、ジム・ハットンが友達と飲みに行った時は大変怒って、別れ話にもなりました。
またガーデンロッジの全ての住人の居場所を知らないと気が済みませんでした。

不安型の人にとっては、自分が愛されているかどうかが非常に大きなウエイトを占めています。
パートナーから愛されていると感じると、自分は価値のある存在だと思えますが、パートナーから素っ気なくされたり、否定的なことを言われたりすると、急に自信がなくなり、落ち込んでしまいます。
自分を大切にしてくれる相手に対しては、自分も同じだけの愛情を返そうとします。
パートナーの愛情と献身を確かめるために、セックスに積極的になります。
フレディは2年ぐらいで、次々に恋人を変えていきましたが、その理由がわかるような気がします。
恋人を失う度に落ち込んで泣いていたというのも頷けます。
メアリーがいかにフレディを大切にしていたかもわかりますし、フレディはメアリーの愛情に最大限に応えたのでしょう。
愛の歌

フレディは子供の頃に親と離れて寂しい思いをしたために、愛情不足となり、不安定な愛着のタイプになったと思われます。
そのために生涯、愛を求め続け、愛の歌を作り、歌いました。
不安定型だったために恋人とのトラブルが頻発し、恋愛遍歴を繰り返しましたが、それが原動力となって創作活動に打ち込みました。
ジム・ハットンの愛情も試し続けましたが、その試練に耐えたジムにより、最後は暖かく見守られつつ世を去りました。
ジムがフレディに「なぜ自分を選んだのか}」ときくと、「きみは僕を勝ち取ったんだよ!」と言ったそうです。
フレディは最後にベッドから起き上がれなくなった時にも、ジムに「僕を愛してる?」ときいていたそうです。
愛を求め続けたフレディは、最後まで愛されて、そして今でも多くの人に愛され続けています!

私は不安型ではないので、ラブソングは苦手なのですが、フレディのためにはがんばって聴きます。
フレディに愛を!






ハイ・センセーション・シーキング

精神疾患や発達障害ではなく、生まれ持っての特性として、HSPというタイプがあります。
HSPは、ハイリー・センシティブ・パーソンの略で、「人いちばい繊細な人」という意味です
これは90年代のはじめ、繊細な人についての研究をはじめたエレイン・アーロン(Elaine Aron)博士によって付けられた「人の気質」を表す名称です。
アーロン博士によると、人口の約20%の人はHSPだといいます。また、人に限らず他の100種類以上の動物に同じ気質が見られることから、「繊細さ」は生き物すべての生存本能「生き残るための戦略のひとつ」であると考えられています。
でも、こうした気質を持つ人は職場や家庭など生活の中で気疲れしやすく、生きづらいと感じることがあります。

HSPの特徴は4つあり、4つの全てに当てはまる人がHSPになります。

【Depth of processing】考え方が複雑で、深く考えてから行動する
◯一を聞いて、十のことを想像し、考えられる
◯調べ物をはじめると深く掘り下げ、その知識の広さを周りに驚かれる
◯お世辞や嘲笑をすぐに見抜いてしまう
◯物事を始めるまでにあれこれ考え、時間がかかる
◯その場限りの快楽よりも、生き方や哲学的なものごとに興味があり、浅い人間や話しが嫌い

【Overstimulation】刺激に敏感で疲れやすい
◯人混みや大きな音が苦手
◯友達との時間は楽しいものの、気疲れしやすく帰宅すると、どっと疲れている
◯映画や音楽、本などの芸術作品に感動して泣く
◯人の些細な言葉に傷つき、いつまでも忘れられない
◯些細なことに過剰なほど驚いてしまう

【Empathy and emotional responsiveness】人の気持ちに振り回されやすく、共感しやすい
◯人が怒られていると自分のことのように感じ、傷ついたり、お腹が痛くなったりする
◯悲しい映画や本などの登場人物に感情移入し、号泣する
◯人のちょっとした仕草、目線、声音などに敏感で、機嫌や思っていることがわかる
◯言葉を話せない幼児や動物の気持ちも察することができる

【Sensitivity to subtleties】あらゆる感覚がするどい
◯冷蔵庫の機械音や時計の音が気になってしまう
◯強い光や日光のまぶしさなどが苦手
◯近くにいる人の口臭やタバコの臭いで気分が悪くなる
◯カフェインや添加物に敏感に反応してしまう
◯肌着のタグなどチクチクする素材が我慢できないほど気になる
◯第六感がはたらき、よく当たる

さて、敏感で感受性の強いHSPの中にも、外交的なタイプと、内向的なタイプがあります。
外交的なタイプは、HSS(High Sensation Seeking ハイ・センセーション・シーキング)といって、刺激を追い求めるのが好きな人になります。
 HSSの特徴です。
・好奇心旺盛で新しもの好き
・冒険好き、刺激を求める
・退屈さを嫌う
 HSP全体の中では、内向的なHSPタイプが7割、外交的なHSSタイプが3割くらいだといわれています。
 一見、HSPとHSSは対照的なように見えますが、その両面を併せ持つ人もいます。大人では対外的にはHSSの面を出すけれども、ひとりになると本来のHSPに戻ります。

HSPとHSSを併せ持つ人は、全体の6パーセントと言われます。
両方を持っていると、人の心を理解しやすく、人を引っ張っていく力があるので、リーダーシップがある人物になります。
しかしHSSで新しい刺激や冒険を求めると、HSPの繊細さで疲れてしまうので、めんどうくさい性格であるとも言えます。
また、HSSは新しい刺激を得ることで創造的になるので、天才や傑出した人物の特徴の一つとされています。

ここでフレディのことを思い出してみましょう。
フレディはロックやポップスなど新しい音楽が好きで、新しい映画もよく見ていました。
仕事で海外を飛び回り、珍しい土地を旅行することも好きでしたが、旅行が好きなのはHSSの特性です。
賑やかなことが好きで、冒険が好きなので、次々と新しい恋人を求めていきました。
そして何よりも「退屈を嫌う」人でしたね。
とても良くHSSの特徴に合致しています。
明るいフレディ
明るく積極的なフレディ

また一方、フレディは外見的には明るく華やかな人物に見られていましたが、実はそれは外面だけで、本人は「内面は全く正反対なんだ」と言っていました。
もともとシャイで内気な性格だったことが知られています。
大人になってからも、知らない人に自分から話しかけることはありませんでしたし、一人で外出することもできず、必ず誰かと一緒に行動していました。
アートスクールで美術を学び、美しい絵画や音楽、バレエやオペラを愛するなど、繊細な感受性を持っていました。
住居のガーデンロッジは、美しいインテリアや絵画、骨董品で飾っていました。
映画を見ては涙を流したり、対人関係でもトラブルがあると泣いたり怒ったりしていました。
 このような性格は、HSPハイリー・センシティブ・パーソン「人いちばい繊細な人」であると考えられます。
気難しいフレディ
ちょっと気難しいフレディ

つまりフレディの生まれつきの気質は、HSPハイリー・センシティブ・パーソンであり、その中の外交的なHSSハイ・センセーション・シーキングなのではないかと思われます。
非常に繊細で傷つきやすいのに、とても行動的で新しい刺激を求め、退屈を嫌うという、矛盾した性格なのです。
そのために人生で生きづらさを感じ、気疲れしやすく、人とは違うので孤独も感じやすかったことでしょう。
HSPとHSSを併せ持つ人は、外ではHSSとして積極的に振舞いますが、家に戻ると静かなHSPになります。

このブログを書き始めた頃は、フレディの性格はまだよくわかっていませんでしたが、今はだいぶ謎が解けてきました。
フレディの性格は
◯発達障害の傾向があり、中でも音楽の特別な才能があるサヴァン症候群に似ている。
◯気質としては、HSPハイリー・センシティブ・パーソンで「人いちばい繊細な人」でありながら、HSSハイ・センセーション・シーキングであるらしい。
◯心理面では愛着障害がある。(これはまた後述します)
◯同性愛者である。
このような組み合わせで形成されていることがわかってきました。
だいぶフレディという人が良くわかったきましたよ!
フレディは「誰も自分を理解することはできないし、自分の中に入ることはできない」と言っていましたが、だいぶ理解できてきましたよ、ふふふ。

人を拒絶するフレディ
フレディが舌を出している写真が時々ありますが、これは人を拒絶するポーズ


それにしても、フレディの性格を解き明かしているうちに、自分にも似た部分があることに気づいて愕然としました。
フレディという稀有の天才に迫っているつもりでいて、結局は自分を突き詰めていたなんて!
(私は同性愛ではないし、天才でもありません、念のため)
世の中のフレディファンの皆さんは、きっとどこか自分と似たところがあるのでしょうね、フレディの中に。


プロフィール

楽園のペリ

Author:楽園のペリ
1975年、初来日の武道館でクイーンを体験、フレディのファンになる。長らくクイーンのことは忘れていたが、映画を見て思い出し、フレディについて研究するうち、ついにロンドンのガーデンロッジや、モントルーのクイーンスタジオまで行ってきました!

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