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「神の道化」ニジンスキーはフレディの理想の人・その1

フレディのバレエ好きは有名ですが、とくにニジンスキーに心酔していました。
1976年のインタビューで、フレディはバレエと「舞台でのプレゼンテーションはすごく近いものがあるんだ。」
「僕はバレエという芸術に夢中で、だからこそニジンスキーの衣装を成功させたいと思っているし、これまで以上にアーティスティックな手法で自分たちの音楽を伝えようとしているんだ」と語っています。
1970年代の後半には、ロンドンではパンクの嵐が吹き荒れていたというのに、なんとフレディはバレエに熱中していたのですから全くの埒外です。
フレディは「世の中にバレエを普及するんだ」と言っていたので、バレエ界にとっては大変な恩人です!

フレディが敬愛したニジンスキー(1890年頃〜1950年)は、ポーランド人の両親のもと、ロシアで生まれました。
ニジンスキーは、自らを「神の道化」と呼び、「神を喜ばせるために踊る」と言いましたが、彼をなくしては20世紀のバレエも、コンテンポラリーダンスも、暗黒舞踏もなかっただろうと言われるほどの真の天才でした!
ニジンスキー1
宙を舞うニジンスキー

ニジンスキーは10才でマリインスキー劇場の付属舞踊学校に入り、18才でマリインスキー劇場の主役に抜擢されました。
マリインスキーは世界最高峰の劇場、及び舞踊学校です。
しかし才能溢れるニジンスキーの活躍期間は約10年という短いものでした。

ニジンスキーは芸術プロデューサーのディアギレフと出会い、ディアギレフが結成した「バレエ・リュス」というバレエ団で活躍します。
「バレエ・リュス」は新しいスタイルのバレエを生み出し続けました。
ディアギレフとニジンスキーは同性愛の関係にあり、ニジンスキーはバイセクシュアルでした。
バイセクシュアルは、バレエ界では珍しいものではありません。
同性愛者のディアギレフは裕福な地方貴族の出身でしたが、彼の出産から間もなく母親が死亡し、母がいない寂しさを味わっていました。また彼は、愛人を一流の芸術に触れさせて教育するという方針を持っていました。
ディアギレフなくしてはまた、後のニジンスキーも存在しなかったのです。
ニジンスキー2
ニジンスキーはその中性的な外見で人気を博していました

フレディは交際相手として、レコード会社の重役や、マネージャーなどを選んでいましたが、これはディアギレフのような存在を求めていたのでしょうか?
自らをニジンスキーに例え、自分を高め、育ててくれる人を望んでいたのかもしれません。

ニジンスキーはバレエの時代を革新した天才でしたが、残されているのは写真のみで、映像は存在しないため、まさに「伝説」となっています。
写真を見ても、その跳躍力はすさまじく、一緒に踊っていたアンナ・パブロワは、彼が「空中で静止していた」と言っています。
フレディが「自分は伝説になるんだ!」と言った時、その念頭にはニジンスキーの姿があったのではないでしょうか?

ニジンスキーの妻(バイセクシュアルなので妻がいた)の言葉です。
「彼は全生涯と魂とその天才を人類のためにそそぎこみ、観客を高め、世界に芸術と美と喜びを与えようとした。」
フレディはこのようなニジンスキーを自分の理想としていたのではないでしょうか?
ニジンスキーは「神の道化」で、道化は手に木劍を持っています。
フレディは手にマイクスタンドを持っていました。

フレディのステージ衣装、ダイヤ柄のタイツ(?)は、道化師の衣装です。
しかし道化師のダイヤ柄はカラフルなもので、白黒のものはありません。
フレディのオレンジ色のダイヤ柄衣装は、伝統的な道化師に似ています。
一方、白黒のダイヤ柄は、ニジンスキーを描いたデザイン画に、同様のものを見ることができます。
フレディはニジンスキーの衣装から、自分の衣装を製作したのです。
ニジンスキーのダイヤ柄
ニジンスキーの白黒ダイヤ柄衣装

フレディの白黒ダイヤ柄
これはご存知フレディの白黒ダイヤ柄。
フレディは突然奇抜な衣装を発案したのではなく、「ニジンスキーの衣装」として作ったのだった。
フレディがそんなに奇天烈な人ではなくて良かったですね。

フレディのオレンジのダイヤ柄
こちらのカラフルな方が道化師の伝統的な衣装

ニジンスキーはポーランド人ですが、西洋的ではない顔立ちのため、あだ名は「日本人」と呼ばれていました。
本人も日本に対しては特別な気持ちを持っており、「日本風のバレエ」を考えようとしていました。
これはフレディの日本趣味に影響を与えていないでしょうか?

ニジンスキーは10年ほど活躍して、バレエ界に革新を起こして後、残念なことに精神に異常をきたし、それから30年間は狂気のうちに過ごしました。
このニジンスキーの悲劇を、フレディはどのように捉えていたのでしょうか?





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プロフィール

楽園のペリ

Author:楽園のペリ
1975年、初来日の武道館でクイーンを体験、フレディのファンになる。長らくクイーンのことは忘れていたが、映画を見て思い出し、フレディについて研究するうち、ついにロンドンのガーデンロッジや、モントルーのクイーンスタジオまで行ってきました!

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