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ヘルメス思想の系譜に連なるフレディ

マーキュリー=ヘルメスまで来たので、ついでに「ヘルメス思想」まで行ってみましょう。
「ヘルメス思想」とは、紀元前3世紀〜紀元後3世紀頃にエジプト(アレキサンドリア)で導師ヘルメス・トリスメギストスが弟子に教えるという形で書かれた「ヘルメス文書」に示された内容を指しています。
ヘルメス(マーキュリー)は、死者を冥界に導く役割を持った神であり、ヘルメス思想の祖として敬われています。
(フレディがそれを知っていたかどうかは不明です)

ヘルメス・トリスメギストスは、生涯に36525冊の本を書いたとされ、宇宙の構造、医学、化学、哲学、法律、芸術、数学、音楽などの、あらゆる知識を人間に授けました。
「ヘルメス文書」の中にある「エメラルド・タブレット」には、ヘルメス思想の根本的なことが書かれています。
上のものは下のものの如く、下のものは上のものの如く」という、大宇宙と小宇宙の照応についてや、
全は一、一は全」という「反対の一致」が説かれています。
エメラルド・タブレット

ヘルメス思想は、西洋の知識人に再発見されてルネサンスを起こし、近代科学を生み出す原動力の一つとなり、科学や化学、天文学の基礎となりました。
さらにヨーロッパの思想や哲学、文学、芸術にも影響を与えました。
レオナルド・ダ・ヴィンチの思考にも影響を与え、ボッティチェリもヘルメスを知恵の象徴として描いています。
コペルニクスの地動説、ライプニッツの微積分、ケプラーの楕円軌道など、多くのものがヘルメス思想から生まれました。

ヘルメス思想で重要なのは、本来は光の存在である人間が物質界に下降し、そこで認識を得て再び天界へ帰るという往復運動です。
その往復運動は直線的なものではなく、ときに後退に見える運動も経ながら、より高い存在を目指していく螺旋運動となります。
ヘルメスが持っている「カドケウスの杖」に絡みついている2匹の蛇は、上昇と下降の螺旋の動きを意味しています。
2匹の蛇はカドケウスの杖のシンボルであり、上昇と下降というヘルメス学の中心概念を表しています。
(フレディのマイクスタンドと、絡みつくマイクコードを思い出してください)
フレディのマイクコート゜
なんかもうフレディ自体が蛇みたいですね。蛇は「智恵」の象徴。

また、ヘルメスによれば、「神は天上界の原像を基にして、その模造を地上界に流出した」ということなので、地上の物質を手掛かりにして、再び天上界へ到達することが可能なはずです。
なぜなら「上なるものは下なるものに一致し、下なるものは上なるものに対応する」からです。
これが「引き寄せの法則」の元にもなっています。

ヘルメス思想においては、人間と神は本質的に同一です。
そのことを「認識(グノーシス)」すれば、人間を神のレベルまで高めることができるとされます。
人間を「神化する」ことが目的です。
このように古代思想においては、「認識」こそが最も重要であり、知性のはたらきを重視しましたが、キリスト教ではその部分を隠してしまい、「愛」が最も大切であるとしました。
そのために、現在の欧米の映画や音楽は、盛んに「愛こそ全て」と歌い、愛が氾濫していますが、本来は「知と愛」のバランスが大切なのではないでしょうか? ヘルマン・ヘッセの「知と愛」のように。

ヘルメス思想では、人間が天界から地上へ下降し、また再び上昇する「運動」にこそ価値があるとするので、下降における堕落にも積極的な意義があるとします。これはキリスト教にはない考えです。
フレディがパーティー三昧をしても、コカインを摂取しても、愛欲に耽っても、それらも全て意義があることであり、深く下降するものこそが、後に高く上がることができるのかもしれません。
たとえば一般人が「1」下降した後に、「1」上昇するとしたら、フレディは「10」下降した後に「10」上昇したのではないでしょうか?
深く下降して、強く底を蹴れば、その浮力は強くなり、勢いで高く上昇することができます。
フレディは意図的にそれを利用したのではないかと、思ったりしてしまいます。
フレディ、パーティー
遊びながら進化しているのさ!

キリスト教では、神は絶対的な存在であり、人間とは全く別物とされます。
人間は死すべきものであり、生まれながらに原罪を負い、死後は裁きに合うことになっています。
ところがヘルメス思想では、神と人間は本質的に同一であり、同じ一者の異なる現れに過ぎません。
「全は一であり、一は全である」からです。
そして、下のものと上のもの、小宇宙と大宇宙が本質的に同一であり、互いに照応し合っていると考えられています。

ここで思い出していただきたいのは、これまでに書いてきた「真珠の歌」「放蕩息子の帰還」、ダンテの「神曲」、ゲーテの「ファウスト」です。これらは皆、天界から地上や冥界へ下った人間が、天上界を思い出して上昇を始め、最後に天へ帰還するという物語でした、
つまり全てヘルメス思想を継承したものだったのです!
ヨーロッパではキリスト教の裏で、ヘルメス思想が長きに渡り、底流を作っていることが明白です。
フレディがそれを認識していたかどうかはわかりませんが、マーキュリー=ヘルメスを名乗った以上、この流れに加わることを拒否はできません。無意識にせよ、ヘルメスの流れに乗っていたのでしょう。
フレディはヘルメス神の伝令役です。
彼が伝えたかったのは「愛」なのかもしれませんが、「認識(グノーシス)」もどうぞお忘れなく!
 
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プロフィール

楽園のペリ

Author:楽園のペリ
1975年、初来日の武道館でクイーンを体験、フレディのファンになる。長らくクイーンのことは忘れていたが、映画を見て思い出し、フレディについて研究するうち、ついにロンドンのガーデンロッジや、モントルーのクイーンスタジオまで行ってきました!

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