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「ボヘミアンラプソディ」に隠された真実に驚愕!

「ボヘミアンラプソディ」は、今までとくに好きではなく、「ママ〜人を殺しちゃったよ〜」という曲が、どうしてすごく人気があるのかわかりませんでした。
氷川きよしの日本語版では、言葉の意味がダイレクトに伝わって来るので、英語圏の人にはこのように聞こえているんだなということがわかり、感心しましたが、やはり言葉の内容は辛く悲しく、悲劇的な歌ですよね。

ところが最近、「ボヘミアンラプソディ」を解析した素晴らしいYouTubeを見つけました。
ボヘミアンラプソディ オペラパートはどのように作られたのか?」という動画です。
https://www.youtube.com/watch?v=4uTu0m71eb4

制作者の「風野ひとし」氏によると、彼は「ボヘミアンラプソディ」は、カミユの「異邦人」を元にしているという説を採っています。
フレディは若い頃、カミユを愛読していました。
「異邦人」といえば、「今日、ママンが死んだ」という書き出しで始まる、不条理文学の代表です。
私も若い頃に読みました。
主人公のムルソーは、友人のトラブルに巻き込まれ、アラブ人を射殺してしまいます。
ムルソーは逮捕され、裁判にかけられて殺人の動機を問われると、「太陽が眩しかったから」と答えます。
死刑を宣告されたムルソーは、執行の時に人々から罵声を浴びせられることを最後の希望とします。

「ボヘミアンラプソディ」は、異性愛者としての自分を葬り、同性愛者として生きる決意を表明した歌だという説が一般的なようですが、フレディがそのように認めたわけではなく、私もカミユの「異邦人」を元にしている説の方がしっくり来ます。
なぜならフレディは17才でロンドンに来てから、強烈に自分を「異邦人」として感じていただろうし、そのことで悩み苦しんでいたため、カミユを愛読していたと考えられるからです。
「異邦人」は英語で strangerで、「知らない人」「よそ者」という意味もあります。

カミユはアルジェリア生まれのフランス人で、貧しい家庭に育ちました。
フレディにとって、共にアフリカの植民地生まれということも共感ポイントだったのではないでしょうか。
カミユ(1913〜1960)は、1957年にノーベル文学賞を受賞しましたが、46才で交通事故により、この世を去っており、彼の死にはKGBによる他殺説もあります。(ソビエト全体主義を非難したため)
カミユ
アルベール・カミユ

カミユの言う不条理とは、明晰な理性で世界に対峙する時に現れる不合理性のことであり、そのような不条理を見つめ続ける態度が「反抗」と呼ばれます。
そして人間性を脅かすものに対する反抗の態度が、人々の間で連帯を生むとされます。
カミユの作品「ペスト」において、疫病に襲われた人々の様子が描かれ、「反抗」の態度によって連帯を生み出すことが示唆されているようなので、今まさに疫病に脅かされている私たちが読むべき本なのだと思います。

カミュの文学は、病気、死、災禍、殺人、テロ、戦争、全体主義など、人間を襲う不条理な暴力との戦いをテーマにしました。
不条理との戦いにおいて、カミユはキリスト教も左翼思想も拒否し、超越的価値に依存することなく、あくまでも人間的地平にとどまって生の意味を探し求めました。
彼は「父」としての「神」を拒否しました。
フレディも16才で「ザンジバル革命」という不条理な暴力を経験し、人間の生きる意味を探し求めるうちに、カミユに共鳴したものと思います。

「ボヘミアンラプソディ オペラパートはいかに作られたのか」の制作者、風野ひとし氏は、この曲はカミユと同様にフレディも無神論者として生きることの決意の表明だと考えていますが、フレディが無神論者であったかどうかは定かではありません。

さて、前置きが長くなってしまいました。
その「オペラパートはいかに作られたのか」についてですが、これが実に良く解明されていて、本当に目からウロコでした!
風野ひとし氏の30分の動画を食い入るように見つめ、2回も見てしまいました。

これはまず、風野氏が2018年11月に、クイーンのレアな音源を入手されたことから始まります。
それから半年に渡り、風野氏はこの音源を徹底的に研究され、それを編集してYouTubeにアップされたのです。
詳しくはその動画をご覧いただきたいのですが、その内容をご紹介します。

クイーンのレアな音源とは、何十年も前から「24トラック・マスター・テープ音源」と称して、一部のファンの間で流布していたものが、近年実際に「24トラック・マスター・テープ音源」の実物が発見されたそうです。
ところが風野氏が入手したテープは18トラックしかなく、不思議に思った氏がテープの解析を行なったところ、実は18トラックの方が本物で、24トラックは別物であったというミステリーに発展します。
24トラックシート
これがフレディ手書きの24トラックシート
近年発見された「24トラック・マスター・テープ」の箱の中に入ってたレアなもの。
24トラックのそれぞれに、ボーカル、ピアノ、ギターなどの何が録音されているか、全て書き込まれています。
また上段のフレディによる落書きも楽しいですね。

風野氏が入手した18トラック・テープの解析により、「ボヘミアン・ラプソディ」の制作方法が明らかになりました。
私はこの動画を見ていて、実は私も20代の頃、音楽スタジオで仕事をしていたことがあるので、フレディの制作方法が手に取るようにわかりました!
私も当時のスタジオのことが思い出され、楽しいけれど苦しいスタジオ現場の様子をまざまざと追体験するハメになったのです。

スタジオでの音楽制作には、時間の観念がありません。
夕方にスタジオ入りしてから、夜中も通して仕事を行ない、明け方になると睡魔との戦いに敗れて、スタジオのソファに倒れて仮眠するような毎日でした。
朝になって帰宅し、昼間は別の仕事に出かけて、夕方になるとまたスタジオへ、という過酷な日々ですから、スタジオのエンジニアたちも「これほどキツイ仕事が他にあるものか」と言っていました。
若かったからできたことで、私もそう長くは続けられませんでした。
坂本龍一も、毎日徹夜の録音により 「45才ぐらいで体がボロボロになった」と言っていましたね。

それで、フレディの録音方法なのですが、当時はアナログテープで多重録音ができるようになった時代でした。
18トラックの機材ならば、18種類の音源を1トラックずつ録音していき、重ねて再生することができます。
これにより、フレディは一人で合唱ができるようになりました。
このようにして「ボヘミアンラプソディ」の冒頭の合唱は、フレディの声だけで作られたのです。
フレディ録音

当時の録音技法として、「ピンポン録音」というのがあります。
これは私たちも良くやっていたのですが、18トラックのうち、フレディが13トラックぐらいに自分の声を録音していますので、残りのトラックが少なくなってしまいます。ところがクイーンはギターやベース、ドラムも多くのトラックを使って録音しています。
トラックが足りなくなると、たとえば4つのトラックを一つにまとめて、別のトラックに入れます。
また別の4つのトラックをまとめて、他のトラックに入れます。
このような作業を「ピンポン録音」と言い、これを繰り返していくと、最終的にボーカルを2つのトラックに纏めることができます。

こう言うと簡単なようですが、実はフレデイは13のトラックにソロを収録して、それらをミックスした音を土台として、さらに新しい音声を次々と重ねていって、多人数で歌ったかのような大合唱を作り上げていたのです!
これをアナログテープの時代にやっていたわけですから、テープをツギハギするために、カットされたテープがスダレのようにスタジオに張り巡らされていたようです。まさに気が遠くなるような作業ですね。

フレディのソロと、フレディ・ロジャー・ブライアンの3人による合唱が、多くのトラックから2本のトラックに纏められ、最終的に24トラック・マスター・テープに纏められたとされています。
よくYouTubeでは、4人がマイクの前で歌っている動画などがありますが、実際のスタジオはそのような、のどかなものではなく、一人ずつブースの中で際限なく繰り返しをさせられる無間地獄のようにものであったと思われます。
撮影用のビデオは、それなりに編集されて作られたものなので、あまり現実とは思わないほうがいいですね。
フレディ スタジオ きれい
このスタジオ写真は撮影用なので、きれいな服に着替えています。
実際は普通のTシャツで、汗臭くて、頭もモジャモジャで、無精髭も生えていたかもしれません。

それでやっと、オペラパートの作り方なのですが、これを解明された風野さんはすごいです!
私は今まで、なぜこれがオペラなのかわかりませんでした。
でも風野氏のおかげで、やっとその意味がわかったのです! (ポラプが発表されてから44年も経っている)

風野氏によると、オペラパートにおいて、音声の録音には3種類の手法が採られています。
フレディのソロと、「ピンポン録音」と、普通の多重録音です。
そして、この3種類にそれぞれの声の役割が与えられているのです。

A フレディのソロ・・・とにかく前に進もうとする青年 (行こうとしている所は断頭台)
B ピンポン録音・・・絶対に行かせてはならないとする人
C 多重録音・・・彼をこのまま行かせようとする人

この三者が組み合わさって、青年を行かせるのか行かせないのか、劇的なドラマが構成されていきます。
フレディは、細かく煩雑な録音作業を長時間に渡って続けたのですが、その録音方法は決して気まぐれなものではなく、実は綿密に考え抜かれたものだったのです!
私も今まで、このようにボラプを聞いたことはなかったので、本当に驚きました。

このフレディのアイディアは、実際にオペラからきているとされます。(風野説)
オペラには独唱(アリア)と、重唱(デュエット)と、合唱があります。
ここからフレディはボラプのオペラパートを考え出したのではないかとする説には、私も頷くことができます。
やはりオペラパートは、オペラから来ていたのでした。

歌詞の内容について、フレディは特に意味はないとし、「人間関係についてだよ」としか言っていません。
ブライアンやロジャーも意味はわからないと言っていますが、クイーンのメンバーの関係は配偶者よりも近いものであり、兄弟みたいなものだとブライアンも言っています。
フレディが無意味なものを作るはずはありませんし、ブライアンやロジャーも意味を知っていたことでしょう。
宗教的な配慮から、意味を公言することはできなかったのではないかというのが風野説です。
ブライアンは「フレディは予測不能な人だった。でも兄弟みたいなものだから、予測はできた」と意味不明なことを言っていますが、何かを隠しているのでは?という疑念も湧きます。

録音の手順としては、最初にフレディのピアノが全編に渡って録音され、それがガイドとなって、その上に様々なパートが重ねられていったであろうとのことで、これも納得できます。
ピアノの次にペース、そしてドラムが録音されていきます。
ただ、フレディの信じ難いところは、楽譜を書いていないという点です。
誰か作曲家がボラプを楽譜に書いて、それをミュージシャンが演奏するのならば、これは簡単に録音が終わります。
ところがフレディが書いていたのは沢山のメモ用紙のようなもので、これを組み合わせて曲を作り上げるとなると、それこそ気が遠くなるような作業となります。
フレディはもともとデザインの勉強をしていたので、おそらく音楽をデザイン的に捉えて、組み立てていたのではないかと思われます。

スタジオの作業では、実際に録音機材を扱うのはオペレーター(エンジニア)です。
他のYouTube動画でも、フレディがコンソール(ミキサー卓)の前に座って、フレディが制作しているかのようなビデオもありますが、これも外部向けの画像に過ぎず、実際にはエンジニアのお世話になっていたことは間違いありません。
たとえば「ピンポン録音」についても、このような録音方法があることをフレディに教えたのはエンジニアでしょうし、そのミックス作業もエンジニアの手によるものです。
スタジオの音楽制作とは、はじめの音入れ作業よりも、その後のミックスダウンの方が、はるかに時間がかかり、僅かなノイズも逃さないように綿密に行われるので、音入れが終わったミュージシャンは、その後ひたすら聴く作業となり、待ち時間が長くなり、忍耐しているうちに寝落ちする、ということになるのです。
コンソールの前のフレディ
コンソールの前のフレディ
隣にエンジニアがいる筈です。

スタジオでの音楽制作は、ミュージシャンとエンジニアの共同制作です。
エンジニアの技術と才能により、同じ音源でも仕上がりは大きく異なってきます。
ボラプはフレディの作詞・作曲となっていますが、クイーンのメンバーをはじめ、多くのエンジニアが関わり、共同制作されているわけですから、もっとエンジニアの名前をクレジットしたりして、尊重してあげてもいいのではないかと思います。

さらに、「ボへミアンラプソディ」の歌詞の内容についてですが、
風野氏は、これはカミユの「異邦人」を題材としたものであり、ある死刑囚の物語で、最後は断頭台へ登っていくのだと考えています。
オペラパートで、死刑台へ向かおうとする青年を止めようとする人と、行かせようとする人がいましたが、イスラムの神が強く彼を行かせようとします。
これはフレディの先祖がイスラム教に圧迫されて、ペルシャからインドへ逃れたことを指しているのでしょうか。
フレディの魂は700年ぐらいにわたり、ボヘミアンになっているのかも。

オペラパートが終わり、ロックパートになると、これは主人公が独房から出て処刑台へ向かう時だという解釈です。(風野氏)
いわゆるグリーンマイルの歩行ですね。
「お前は行くべきではない」と手を差し伸べたかに見えた声が、突然「さあ、前に行こう」と豹変し、青年はハッと我に返ります。
とたんに広場の方から、青年を待ちわびる群衆の怒号がきこえてきて、現実世界へ引き戻されます。
終わり近くに、ギターの3連音符が上っていくところがありますが、あれが断頭台への階段で、その後に処刑と、死による解放が起こります。なるほど、斬新な解釈ですね。

それにしても、「ボヘミアン・ラプソディ」という限りなく悲痛な歌が、これほどまでに多くの人間の賛同を得るということは、世の中の人たちもどんなにか悲痛を抱えているかということの証しでもあります。
映画以降のフレディ人気は、現在のヨーロッパの移民たちにとって、フレディは「移民の星」であるから、とする説もあります。

「異邦人」のムルソーは、「太陽が眩しかったから」殺人を犯し、その罪を甘んじて受け入れて、死に向かいます。
これはフレディが病を得てから、自分がしたことは自分の責任だとして、病気を受け入れていた態度に通じるものがあります。
つまり若き日のフレディがムルソーに重ね合わせた自分が、やがて現実のこととしてフレディ自身の身に顕現してくるという不可思議な運命の巡り合わせに、私たちは身を震わせるしかないのです。フレディへ、合掌。


これは「ワンビジョン」のスタジオ録音風景ですが、やはりどうもプロモーション用のような気がします。
https://www.youtube.com/watch?v=XssPitrqOXM&list=RDXssPitrqOXM&index=1





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プロフィール

楽園のペリ

Author:楽園のペリ
1975年、初来日の武道館でクイーンを体験、フレディのファンになる。長らくクイーンのことは忘れていたが、映画を見て思い出し、フレディについて研究するうち、ついにロンドンのガーデンロッジや、モントルーのクイーンスタジオまで行ってきました!

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