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『道化の民俗学』道化のルーツはヘルメスにあり

山口昌男の『道化の民俗学』において、道化師アルレッキーノとヘルメス(マーキュリー)の結びつきについて、詳しい説明がなされています。
道化師が舞台上の役柄としてだけではなく、神話的思考においてヘルメス(マーキュリー)と交感するものを持っていたとすれば、両者の結びつきは偶然を越えたものとなります。
道化師とは、人間の神話的想像力の本質的な表現形態の一つの現われとして舞台に定着したものなので、いっそうヘルメスに近づくことになります。

▶︎ヘルメスの持つ特性は以下のとおりです。
・小にして大、幼にして成熟という相反するものの合一。
・盗み、トリックによる秩序の撹乱。
・至る所に姿を現わす迅速性。
・新しい組み合わせによる未知のものの創出。(亀の甲羅と牛の腸から竪琴を発明)
・旅行者、伝令、先達として異なる世界をつなぐこと。
・交換により異質のもののコミュニケーションを成立させる。
・常に動くこと。新しい局面を拓くこと。失敗を恐れぬこと、それを笑いに転化させること。

これらを纏めると、大きく次の2項目になる。
◯異なるものや対立するものを統一すること
◯動くことと、新たなものの創始、生成。
ヘルメスファッション

◎やはりこれらは、フレディの行動によく現われていると思いませんか?
フレディはアフリカに生まれ、インドで育ち、イギリスから世界へ飛び出して行き、世界の文化を自分の音楽の中に纏め上げていきました。
そして常に活発に行動し、新しい人生を開拓し、新しい音楽を創造していきました。
まるでヘルメスを地で行っているとしか思えません。
それもそのはず、マーキュリー(ヘルメス)ですからね。

▶︎またヘルメスは智者として、竪琴や笛の他に、アルファベット、数、天文学、音楽の発明者でもあります。
そして夢と眠りの神であり、人間の霊魂を冥界へ導く先達の役目を持っています。

◎死んだ時に、フレディに冥界へ案内してもらいたいものですね。

▶︎ヘルメスは死と生を結びつけるものであり、飛翔能力と歌唱能力があり、導者的性格があり、シャーマンの性質を持っています。
シャーマンは歌い踊り、人々の病を癒し、冥界へ連れ去られた魂を連れ戻します。

◎フレディは歌とパフォーマンスにより、人々に癒しとエネルギーを与えています。

▶︎幼児の頃のヘルメスは両性具有であり、カドケウスの2匹の蛇は、両性具有とともに自由な転換という象徴が働いています。

◎フレディがバイセクシュアルになったのは偶然だったのか、必然だったのか?

▶︎ヘルメスは闇と光、冥界と此岸の世界、死と誕生、男性と女性、幼さと成熟、いたずらっぽさと厳粛性、狂気と正気のどちらでもなく、どちらでもあるという、それらの対立が消滅する瞬間を源泉とする意識を持っています。

◎ゾロアスター教の二元論とも通じるものがありますが、ヘルメスは二項対立を超えています。

▶︎「オルフェウスの宇宙卵」は半分が白、半分が黒であり、ここから天と地が出現しました。
白い半分は天であり、女性的・素材的力、黒い半分は地となり、男性的・非物質的な力となりました。

ヘルメスは半分白く、半分黒い帽子を被っています。

◎フレディの初期の白黒の衣裳や、クイーン2のホワイトサイド・ブラックサイドは、オルフェウスの宇宙卵や、ヘルメスの帽子から来ているのではないでしょうか?
フレディ白黒タイツ

▶︎ヘルメスは相当のいたずら者(トリックスター)で、神々の間の道化的存在です。
ヘルメスは境界内と境界外、日常と祝祭空間、秩序とアナーキー、意味と無意味、上と下、生と死、文化と自然などの対立が意識の内で解消する瞬間のカオスのなかで、始原性のヘルメスは道化師アルレッキーノと出遭うのです。

トリックスター的性格が、ヘルメスと道化師では共通してつながっているわけですね。

▶︎道化師は言葉の遊戯、パロディーを行なうが、彼は言葉から観念を剥奪し、ラテン語・イタリア語・フランス語などのツギハギ言葉を作り出します。

◎フレディは韻を踏んだ歌詞を作っていましたが、あまり言葉には意味はないとしています。
「キラークイーン」にはフランス語を混ぜたり、「ボヘミアンラプソディ」には色々な神や悪魔、人物の名前が出てきますし、きわめつけは多言語の「ムスタファ」ですね。

▶︎道化師は、しばしば女装する。時にはマイムによって、男と女の二人の人間を同時に演じることもあります。
道化師とヘルメスは、その両性具有性によって結びついています。

◎フレディが女装を得意とすることは言うまでもありません!

▶︎プラトンは、人間はもともと両性具有だったとしています。
古代の太母神も両性であり、天使学における天使も両性とされます。
ギリシャの密儀で行なわれる男色行為は、神秘的・宗教的意味を持っていました。

◎だからフレディは、わざと男色に踏み込んだような気もするんですよね。

▶︎道化師が持つ二面性、両義性は、単なるルネサンスの古典神話の復活を超えて、神話的思考そのものにおいて、ヘルメスに対応しているのです。

◎フレディは、ヘルメスと道化が持つ二面性を体現していたのです!
男と女、高貴と低劣、正常と異常、新しいものと古いもの、道徳と不道徳、秩序と混沌、強さと弱さ、成功と失敗、そして偽王の戴冠と凋落・・・
それらの全てが消滅するところに、本当のフレディは存在する。
本当のフレディ

▶︎道化師は、文化の中で疎外された部分を「阿呆」「道化」という仮面のもとに表現する。
つまり彼は世の(文化の)穢れを一身に引き受けるスケープコートとしての機能をも帯びているのです。

◎フレディはロンドンで、移民として差別を受け、疎外されながらも、音楽の中に自己を没入させていった。
しかしマスコミからは常に監視され、辛辣な扱いを受けていました。
世間からは同性愛者の変人として、奇異の目で見られていたかもしれません。
本当は神々の英雄ヘルメスの使者だったのにね。

▶︎道化師は、いつも恋のとりこになっているが、なかなかうまくいかない。
彼は子供のように簡単に、悲しんだり、喜び戯れたりする。
彼の悲しみは、喜びと同様にいつも喜劇的である。
道化師の基本的特質は、純粋遊戯性

◎これも恋多き人だったフレディそのものではありませんか。
そして「遊戯」とは「Game」ですから、フレディは「ザ・ゲーム」で、全ては遊戯なんだよ! と言っているわけですね。

▶︎道化師とは、おどけた狂気じみた神である。
海中に現れては消え、跳ね返り、たわむれるイルカを思わせる。彼はいつも変幻自在で、捉えどころがない。
イルカに乗って飛翔する翼の生えた幼児こそが、道化師=ヘルメスである。(原文通りではなく、纏めています)

◎そうか、フレディは「イルカに乗って飛翔する翼の生えた幼児」なのかもしれませんね!
しかし、このように見てくると、あまりにもフレディの生き方は、道化師=マーキュリー(ヘルメス)にそっくりだと思われませんか?
まるで台本通りに進んでいるようです。
フレディは相当ヘルメスや道化について勉強したに違いありません。
でもそれを自分の人生の台本にしようとするとは、どうしてそのような決意がなされたのでしょうか?
クイーン初期

ファルーク・バルサラがマーキュリーを名乗るようになったのは、バンド名をクイーンに改めた時期と同じ、1970年頃です。
ロンドンへやって来たのが1964年で、それから6年後のことですが、その間フレディは学校を卒業し、バンド活動をしながら古着屋をやったり、ヒースロー空港で働いたりしていた時期です。
映画「ボヘミアンラプソディ」にもありましたが、空港で「パキ」と馬鹿にされたりしていた苦しい時期で、お金もなかなか手に入らなかったことでしょう。
そのような頃に、バンド名や自分の芸名を考えるためには、必死で色々な資料を漁り、図書館に通ったりしたのではないでしょうか?
自分の子供の名前を考える時のようなものですが、なにしろ本人のバンドの成功がかかっているわけですから、本当に真剣に考えぬいたことでしょう。
その時に、フレディの心に刺さったのが「マーキュリー」「道化師」というキーワードだったのではないでしょうか?
これだ! これこそが自分の生きる道だと。
とくに道化が「文化の中で疎外された部分」というところに共感したのかもしれない。
そしてフレディは、自分の人生に「マーキュリー=道化師」という台本を据えたのだ。
フレディ23才の時です。
この台本は、王と同じぐらいに、時には王を上回るほどの成功をもたらしますが、その後に偽の戴冠が行なわれ、全てを失うことになっているのですから、壮絶な人生と言うほかはありません・・・

ところで道化とは神話的原型であり、あらゆる民族が道化の神話を持っています。
アフリカでは「エシュ」と呼ばれるトリックスターがあり、インドでは「クリシュナ」がそれに当たります。
フレディはアフリカやインドでも、道化について見知っていたのかもしれません。
西洋では演劇の中に道化師の伝統があり、研究もされているので、フレディの道化性を理解する人もいるかもしれません。
日本ではあまり馴染みのない道化師ですが、実は日本にも歴史上道化の役割を果たしてきた神や芸能者がいます。
歌舞伎の原型となった猿若狂言などに、道化の役割が認められ、またそのあたりも調べてみたいと思っています。
道化とは恐るべき存在ですが、また愛すべき存在でもあり、大変な魅力があることは間違いありません。

フレディを見て、カッコイイと喜ぶ人もいる。
またフレディの中に道化の本質を見る人もいる。
クイーンの音楽の楽しさの中に埋没して眠る人もいる。
またフレディが仕掛けた道化の謎かけに気づき、目覚める人もいる。

この世界は重層的になっていて、自分が選んだ世界を経験することになる。
自分が選んだ道を進んでいき、この世界を脱することになるだろう。
道化は案内人として四つ辻に立っている。

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プロフィール

楽園のペリ

Author:楽園のペリ
1975年、初来日の武道館でクイーンを体験、フレディのファンになる。長らくクイーンのことは忘れていたが、映画を見て思い出し、フレディについて研究するうち、ついにロンドンのガーデンロッジや、モントルーのクイーンスタジオまで行ってきました!

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