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『道化の民俗学』に見るフレディの使命と運命

フレディの正体が道化師であり、トリックスターであることは先述しましたが、文化人類学者の山口昌男の『道化の民俗学』を読んで、とても面白かったので、ご紹介したいと思います。
この本は、たぶん40年ぐらい前に読んだことがあるのですが、ほとんど忘れていましたし、当時はまさかフレディと結びつけて考えることはなかったので、今回再読してみて、フレディの理解がますます深まり、夢中になって読んでしまいました。

▶︎まず道化師についてですが、一般に道化師とは、面白おかしいことをするエンターテイナーである思われています。
しかし実は道化師とは、「日常生活の破壊者」であり、「日常性を越えた世界を指向し、そこでの真の実力者なのである」という。
道化師には、私たちを地上ではないところへ連れて行き、「存在と仮象のあいだ」の中間地帯へ連れていく役割がある。
そして道化師は、私たちを世界の始原的な地点へ連れて行き、人間はそこで真の「世界」との関わりを回復し、蘇るのだ。

◎これこそが道化師の役割であり、フレディが担ってきた使命なのです。
フレディはなぜ道化師に着眼し、自らの使命として負う覚悟をしたのでしょうか?
それは「マーキュリー」という名前を名乗った時から始まります。

フレディは真の道化師でした!
日常性を超えたところで実力を発揮し、私たちを世界の始原へ連れて行き、人間を蘇らせていたのです!
こんなことができるのは超人、あるいは半神半人でしょう。
真の道化師

▶︎道化師は、世界が愚行の塊であることを知っており、何物にも縛られず、すべてを笑いの種にしてしまいます。
道化師は半獣神悪魔を思わせるところがあります。妖精的悪魔ともいわれます。

◎フレディは妖精王や悪魔に興味を持っており、それらを歌にしています。
自ら半獣神の扮装をして歌っているPVもあり、フレディは明らかに道化師についての知識を持っていたいたことがわかります。
山口昌男の『道化の民俗学』は1969年に発表されたものですが、この著書は1969年以前のヨーロッパの様々な文献が元になっており、フレディは日本人よりも早く、道化について学ぶことができたと思われます。

▶︎シェイクスピアの「あらし」に出てくるエアリアル(火と空気の精霊)は、時間や空間が存在しない偏在性を持っているが、これは道化師にも共通しており、さらにはヘルメス神の特性とも通じている。道化師と精霊は、悪魔性を介して重なっている。

◎ここでヘルメスまで出てきたので、私は驚嘆しました!
道化師のルーツは、ヘルメス(マーキュリー)まで繋がっていたのです!
フレディはマーキュリーを名乗った時から、自身を道化師であると定義づけていたのです。
ヘルメス(マーキュリー)〜半獣神〜悪魔〜精霊〜道化師と、繋がっていたのです!
これで初期のフレディの趣味が全て解明できますし、生涯にわたって追求した道化師の系譜が明らかになりました。
それにしても、どうしてフレディはここまで徹底して「マーキュリー=道化師」にこだわったのでしょうね?
いつかこの謎が解ける時が来るでしょうか?

▶︎道化師は、イタリアではアルレッキーノ、フランスではアルルカン、イギリスではハーレークインと言います。
HellequinのHellは地獄であり、quinは古代ゲルマンのkynnに対応し、「魔王」に近くなり、「地獄の王」というイメージが作られる。

◎イギリスのHarlequinに含まれるquinは、Queenに近く、フレディがバンド名にQueenを提案したのは、ハーレークインから来ているのではないでしょうか?
ハーレークインとは、「地獄の女王」に近く、つまり「ブラッククイーン」のことではありませんか?
ブラッククイーンの行進は、皆を地獄へ連れていくのですよね。
これも、ひとつの謎解きができました。
ブラッククイーン
ふふふ、ばれたか

▶︎道化師は「棒」を持っています。これはファロスの象徴ともされますが、ヘルメスの「カドケウスの杖」から来ています。これがフレディのマイクスタンドへと繋がります。
大きな杖を持った道化師は、豊饒祭で「死と誕生」のパターンを表します。

▶︎食卓のテーマについては、食卓が生の昂揚と、昂揚した次の瞬間の運命の急転を意味しています。
饗宴とは、神々との交感の場であり、非日常性に関わるもの。
フレディがよく友人を招いて食事会を開いていたことが思い起こされます。

▶︎道化師には「聖なる」イメージがある。
道化師を通して得られる「聖なる体験」は、人間の内なる根源的な体験となる。

▶︎カーニバルでは、道化師による「偽の王の戴冠と、王位剥奪」が行なわれる。
「戴冠--剥奪」とは、転換・再生の必然性と共に「創造性」を現わし、あらゆる体制と秩序、権力とヒエラルキーが裏返しにされる儀式である。
道化師の衣服は裏返しにされたボロであり、戴冠のはじめから冠が奪い取られることは見えている。
(フレディは破れたような白いシャツを着ていましたね)
これがカーニバルのシンボルであり、誕生は死を、死は誕生を含んでいる。
この剥奪の儀式において、カーニバルの持つ「変化と更新」が実行され、「創造的死の像」が鮮やかに現われる。
王の戴冠

◎私はこの件りを読んで戦慄しました!
1986年に行われたクイーンの最後の「マジックツアー」で、フレディはステージの最後に王の戴冠を行ないます。
でもそれは「グレートプリテンダー」でも歌われているごとく、「道化の冠」「贋の冠」なのです。
ウエンブリー公演のDVDを見たところ、アンコールの「We are the Chanpion」が終わるところで、フレディが王冠とマントで登場し、音楽はゴッドセイブ・ザクイーンになります。
ですから見たところ、王の装束はチャンピオンを表しているのか、または英国女王に敬意を表しているのか、自分たちクイーンを象徴しているのか?と思わせられます。
しかし、ウエンブリーのライブが行われたのは1986年7月ですから、フレディは自分の病気について、うすうすは感じていたはず。当時はまだ病気の治療法がなかったため、みんな検査はなかなか受けなかったという。
病気が判明するのが1987年春ですから、フレディ道化師は、贋の戴冠からほどなくして王位を剥奪されたと言えるのではありませんか?
フレディはなぜ王冠とマントの衣裳を作ったのでしょう?
ただ自分の好みで着てみたかったのでしょうか?
それとも道化師の「戴冠と剥奪」による運命の急転を予感しており、「死と再生の儀式」を行なったのでしょうか?
私はどうにも後者のように思えてならないのです。
フレディは自分の死を予感して、「偽王の戴冠」を行なったのです!
そう思うと、ウエンブリーのDVDは涙なくしては見られなくなります。
フレディの衣裳には、こんな深い意味があったとは!!
フレディは私たちに多くの暗号を残していました。
それを少しずつ解読しております。

山口昌男の『道化の民俗学』では、道化とヘルメスの共通点について、詳しく書かれています。
あまり長くなってしまいますので、それはまた後日に。


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プロフィール

楽園のペリ

Author:楽園のペリ
1975年、初来日の武道館でクイーンを体験、フレディのファンになる。長らくクイーンのことは忘れていたが、映画を見て思い出し、フレディについて研究するうち、ついにロンドンのガーデンロッジや、モントルーのクイーンスタジオまで行ってきました!

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