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ガーデンロッジ

ローガンプレイス

ガーデンロッジ2

これがフレディの住んでいたローガンプレイスのガーデンロッジだ!
アールズコートからほど近く、わかりやすい場所だった。
かつてはフレディの友人たちが賑やかに出入りしたり、マスコミが大勢押しかけたりしたであろうが、行ってみると今は閑散として抜け殻のような静かな佇まいであった。パーティは終わったのだ。
塀は高くて人を寄せ付けないが、実際に自分の目で見ると意外に小ぶりで、もっと豪壮な邸宅を想像していたわりには、落ち着いた適度な大きさの館であった。
ポール・マッカートニーの家も大きくはないそうで、ロックスターは意外とそれほどすごい贅沢ではなかったようだ。
マリー・アントワネットほどではなくて、ちょっと安心!?
もともとロンドンの貴族の家はみんな小さくて、田舎に広大な領地を持っているそうです。
ガーデンロッジ3

家の前には誰もいませんでしたが、ガーデンロッジの出入り口には、バラの花束と手紙が置かれていました。
でもフレディは正面の出入り口は使わずに、隣の白い小さな家を買い取って自宅とつなぎ、白い家(おそらくミューズと呼ばれる)から出入りしていたそうです。ガレージも白い家にあり、ロジャーの車がここから出てきたという記述もどこかで見かけました。
ミューズは、地図上では「フレディのスタジオ」と書かれているものもあり、道がコの字型になっているので、容易に地図で見つけることができます。
ミューズ

中の建物は2階の部分が少し見えるだけですが、おそらくあの2階がフレディの寝室で、毎朝そこの窓から、庭仕事をしているジム・ハットンへ「おーい」と呼びかけていたのでしょう。それは幸せな楽園だった時代のガーデンロッジですね。
ところがフレディが死に瀕すると、この塀の前にマスコミが押しかけてフレディの死を捉えようと犇めき合い、彼は静かに死ぬこともできなかった。フレディが死んだ後は、ジムやジョー・ファネリも追い出され、猫に会いたかった傷心のジムが何度もこの塀に通ってきたという悲しみの場所・・・こんなところに私はとても長居することはできず、ほんの2・3分で、足早に立ち去ったのであった。
このガーデンプレイスで、フレディは生と死を闘ったのだ。
ガーデンロッジ1


その後、わかったことを追記しておきます。
英語のUtubeを見ていたら、「メアリーは50年間、ガーデンロッジを売ることはできない」という情報がありました。
そして50年後に「ガーデンロッジは組織のものになる」とのこと。in to organization
組織とは、クイーンの会社なのか、フェニックス・トラストなのか、はたまた国家なのか、ナショナル・トラストなのかわかりませんが、
やはりこのような邸宅は文化財として保護されるのでしょうね。
フレディ没後50年といえば2041年、もうブライアンもロジャーもいないだろう。
いやロジャーが生きていたら92才、生きていておくれ。
もう私もいないだろう。
だから若者よ、どうか2041年になってガーデンロッジが個人の所有を離れたら、その行方を見守ってほしい。
クイーンの記念館になる可能性もあるから、楽しみにしていてほしい。

それにしてもフレディの墓はないが、ガーデンロッジの庭に遺灰が埋められたという噂はある。
遺骨を粉砕して粉にしてあれば、土に返るまで50年ぐらいといわれるから、やはりメアリーは遺灰が土に返るまでガーデンロッジを守っているのではないだろうか?

フレディは自分の死後、ジムやジョー・ファネリが、メアリーと一緒にガーデンロッジに住めるように約束していたという。
どうしてメアリーは約束を破ったのだろう。
ガーデンロッジに出入りする人数が増えると、内部の秘密が外に漏れやすくなるからなのか?
今となってはもうわからないけれど。
フレディの情報は色々と多くてありがたいけれど、メアリーに関してはあまり情報がないので謎ですね。



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プロフィール

楽園のペリ

Author:楽園のペリ
1975年、初来日の武道館でクイーンを体験、フレディのファンになる。長らくクイーンのことは忘れていたが、映画を見て思い出し、フレディについて研究するうち、ついにロンドンのガーデンロッジや、モントルーのクイーンスタジオまで行ってきました!

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