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フレディマーキュリー天才の伝説

天才とは何だろうか?
天才とは、人の努力では至らないほどのレベルの才能を備えた人のこと。
極めて独自性のある業績を残した人や、それが歴史や社会に影響を及ぼすに至った人物を指す。

たとえばレオナルド・ダ・ヴィンチは、ルネサンスを代表する芸術家であり、「万能の天才」と言われました。
人類史上最高の画家とも言われますし、人類史上最も多才であるとされます。
音楽、建築、数学、幾何学、解剖学、生理学、動植物学、天文学、気象学、地質学、地理学、物理学、光学、力学、土木工学など様々な分野に秀で、高い業績を残しました。
見た目にも美形だったそうです。天才と美形は関係ありませんが、いちおう。
レオナルド・ダ・ヴィンチ

つまり歴史上、ある時代において、画期的な業績を残し、人類史の進化に貢献した人物が天才といえるでしょう。

また、天才と狂気は紙一重と言われ、天才には変わった人や病的な人が多い。
2015年に、芸術的創造性と精神疾患が共通する遺伝子で発現するとする研究結果が、イギリスの科学誌に発表されました。
(私はこの説の信憑性については不分明であり、支持するものではありません)

たとえばモーツァルトは音楽の一時代を築いた天才だが、型破りな人物で、ひどく熱中するか、あるいは怠惰であるかのどちらかで、その中間はなかったという。
彼の弟子の話によると、モーツァルトはレッスンの途中で急に飛び上がり、椅子やテーブルをピョンピョン飛び越えて、猫の鳴き真似をしてから、とんぼ返りをすることもあったという。(あまりの奇天烈さに笑!)
モーツァルトにはかなりの収入があったが、ギャンブル好きだったため、頻繁に借金をしていた。
衝動的で落ち着きがなく、ギャンブルが好きだったモーツァルトは、ADHDの特性を持っていたと考えられている。
モーツァルト

それではフレディは?
フレディは独自性があるようでいて、実は調べてみると、かなり時代に合わせていたことがわかります。
若い頃ロン毛だったのは、当時のロックミュージシャンが皆長髪だったからですし、途中からヒゲスタイルになったのは、当時のゲイの人たちの間でヒゲスタイルが流行していたからですよね。
クイーンの音楽は、ロックの歴史の中では、「ハードロック」「グラムロック」「ヘビメタ」「パンク」のようなジャンルには当てはまらず、何かのジャンルを代表するわけではなく、時代を切り開いたということもありませんでした。
クイーンの後に、クイーン・ロックの道が続くことはありませんでした。
1975年の初来日の頃はロックの「あだ花」(咲いても実を結ばない花。狂い咲き)とされていましたし、今でもその感は否めないのでは?

2018年の映画「ボヘミアン・ラプソディ」公開以来、フレディの神格化が進行しているので、フレディのおかげで男性同性愛者が理解されるきっかけになったとか、エイズに警鐘を鳴らしたと思っている人もいるかもしれません。
しかし男性同性愛は紀元前の古代ギリシャにもあったし、もっと言えば人類の起源以来ありましたし、イギリスで最も有名な男性同性愛者はオスカー・ワイルド(1854〜1900年)とされていて、人類史に名が残る男性同性愛者は非常に多数にのぼります。
レオナルド・ダ・ヴィンチも同性愛者です。
エイズについては、1980年代から私たちも知っていましたし、1980年代にエイズによって命を落としたアーティストは累々といて、あまりにも悲惨な時代の記憶となっています。
男性同性愛とエイズについては、また別項に書きます。

フレディの神格化については、プロモーションが実に巧妙なのです。
「ボヘミアン・ラプソディ」で第3次クイーンブームを巻き起こして以来、たゆむことなく次々とイベントや商品を繰り出してきます。
その企画力とパワーには脱帽しますよ。まったくどこまでフレディを利用しようとしているんだか!
でもそのおかげで若い世代にもフレディの永遠の翼が広がっていくのだから、ありがたいことなのですけれど。
天才フレディ
私は天才というより、伝説なのだ!

フレディが時代を変革するほどの天才だったのかどうかは、もっと後の時代にならなければわからないかもしれません。
でも精神医学者のクレッチマーによると、天才とは「積極的な価値感情を広い範囲の人々に永続的に、しかも稀に見るほど強く呼び起こすことの出来る人物」なので、やはりフレディは天才なのだろうと思います。
私たちにとってはフレディが真正の天才なのか、そうではないのかなんて、どうでもいいことで、今日もフレディの声が聴ければそれでいいんですよね!

この短い歌がとってもいいので聴いてみてください!
Have a nice day, bye bye〜と明るく歌っています。朝出かける前に聴くといいですよ!
https://twitter.com/ready_freddie04/status/1112124863513190400



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フレディだから仕方がないと言われる破天荒

フレディは破天荒な生き方だったのだろうか?
破天荒とは、今までに誰もやったことのないような、前代未聞という意味です。
フレディは変わっている?
フレディのやることは、フレディだから仕方がないとは良く言われること。

芸術家には破天荒な人が多い。
たとえばエコール・ド・パリの画家たちは破滅的な人が多く、自殺したパスキン、アルコール中毒のユトリロの他、モディリアーニは極貧の中、アルコールと麻薬に耽り、35才で亡くなってしまいました。更にモディリアーニの死後の2日後に、第2子を身ごもっていたジャンヌも自殺してしまうという悲劇が続きます。
モディリアーニの妻ジャンヌ
モディリアーニの妻ジャンヌ

フレディが尊敬していたパガニーニ(ヴァイオリン、作曲)は、「悪魔に魂を売った」と言われる天才芸術家です。イケメンで才能にあふれ、女たらしでギャンブル好きのヤク中でした。

作曲家のアルベニスは、幼少の頃から神童として演奏していましたが、ボヘミアン的な性格のため、8才で家出して放浪していました。12 才で船に密航して南米キューバやチリで演奏していたという破天荒な性格です。
フレディは8才でインドの寄宿学校に入れられましたが、アルベニスは8才で自ら出奔したのですから驚異的です!
しかも12才で勝手に南米ツアーをやっていたのですから、これはクイーンの上をいっているのでは!?

画家のゴッホは、もともと人と会うのが苦手な性格で、素行が問題となり解雇されたりしていました。複数の精神疾患を抱えていたといわれます。生きることが重荷だった彼はアルコール依存になりました。
ゴーギャンとの関係には、友情を超えた強い愛情があり、彼との共同生活が破綻した時に、ゴッホは自らの左耳を切り落とします。その耳を持って娼館へ行き、「この大事なものを取っておいてくれ」と言いました。この件で、ゴッホは精神病院に収容されてしまいます。27才から絵を描き始め、10年間で膨大な画業を成し遂げましたが、生前は評価されることがなく、37才でピストル自殺を遂げました。
ゴッホの場合は精神疾患もあり、フレディよりもはるかに壮絶な人生ですね。
左耳を切った自画像

作家のフランソワーズ・サガンは、あまりにも極端な、刹那的な生き方をしました。
スピード狂で自動車事故を起こし、それでも運転をやめなかったり、ギャンブルに明け暮れ、アルコールやドラッグに浸り、数え切れないほどの情事を繰り返しました。やがて精神を病み、晩年には生活苦の中、健康を害してしまいます。69才で心疾患のためなくなりました。「生きたいように生きる」とは言え、ハイリスク・ハイリターンの生き様でした。

芸術家の奇行や破滅については枚挙にいとまがなく、本当にいくらでも極端な例が出てきます。
概してクリエイティブな人は精神の病や、発達障害であることが多く、そのためにストレスに弱いので、アルコールなどの依存症になりやすいのです。
フレディもクリエイティブで、強い集中力を持ち、完璧主義で気に入らないとすぐに怒る、また一度聴いただけの音楽をすぐにピアノで弾けるなど、発達障害の傾向があります。そしてセンシティブなので傷つきやすく、恋愛依存や買い物依存になったというのは、まったく公式通りなのです。
芸術家たちのすさまじい破天荒さに比べれば、フレディはまだそれほどでもなく、どちらかというと普通に感じられてしまいます。
フレディの精神構造は、クリエイティブな人なら共通している過敏な繊細さと集中力を備え、そのために傷つきやすく疲れやすいので、アルコールやドラッグで紛らわしたり、恋愛や買い物に依存していたのですね。
フレディはそうやってバランスをとりながら、音楽活動を生涯やり続けたのですから、破滅型ではなく立派な人生を送りました。
フレディがんばりました
がんばりました。

日本が世界に誇るアーティストの葛飾北斎は、生涯に画号を30回も変えました。
興味の対象が変わるごとに画風を変え、画号も変えたのです。
75才頃には「画狂老人」と称していました。
フレディも若い頃は度々衣装やヘアスタイルを変えていましたが、30回も変えていないし、名前も変えていませんね!
 北斎は生涯に93回転居しました。1日に3回引っ越したこともあります。
フレディはそんなに引っ越したことはありませんね。
 北斎は90才で没しましたが、最後まで情熱的に描き続け、「あと5年の命があれば、真正の画工になれるだろう」と言い残しました。
凄いとしか言いようのない北斎の生き様に感服します!
たとえ変人でも、このように最後まで生き切った芸術家も存在するのですね。
北斎のような巨人の前では、さすがのフレディもカワイイかも。
北斎の大波
北斎の「Big Wave」は海外でも大人気です。



フレディが好きなルネ・ラリック

ルネ・ラリックはフランスのガラス工芸家、宝飾デザイナーです。(1860〜1945)
アール・ヌーヴォーからアールデコの両時代にかけて活躍した稀な作家です。
日本でも目黒の「東京都庭園美術館」にラリックのガラス装飾が使われています。
ルネ横長


フレディはルネ・ラリックの作品を好んでいて、ロンドンのお店に足を運んではガーデンロッジに持ち帰っていました。
日本公演で世話になる日本人へのお土産にも持参していました。(この作品ではありません)
ルネ2

日本でも人気があり、私も京都で展覧会を見たことがありますし、最近でも「不思議のアリス展」にすばらしいラリック作品が出品されていました。(この写真は当該作品ではありません)
ルネ3

バラのモチーフがよく使われます。
すてきなランプですね。
ラリックのバラ

これぞラリック!
私もラリックが好きなので、このブログを書いているうちに、とうとう小さなラリックを買ってしまいました。
あ〜あ、何のためにブログを書いているんだろう?
これぞラリック

猫の置物もあります。
これはたぶんジム・ハットンがフレディに贈ったものと同じです。
フレディはプレゼントを貰うのもあげるのも大好きだったのですね。
ラリック猫


フレディが好きなアールデコ

ロンドンでデザインを学んだフレディは、ジョージ王朝時代の邸宅に住んでいましたが、ビーダーマイヤーアールデコの家具や装飾が好きだったそうです。
ジョージ王朝時代後半のデザイン様式は、イギリスではリージェンシースタイルと呼ばれ、ドイツではビーダーマイヤースタイルと名付けられました。
19世紀前半の時代、古代ローマ・ギリシャや、古代エジプトのデザインの影響を受けてまいす。
イギリスのリージェンシースタイルでは、中国のシノワズリーや、インドのムガール様式も取り入れられました。
ドイツ・オーストリアで中産階級が力を得て、装飾が少なく実用的なデザインが流行したものがビーターマイヤーです。
イギリスの家具は、植民地から送られるマホガニーやローズウッドのような高級な木材で作られていましたが、ビーダーマイヤーの家具は自国産の木材を使い、自然の色を強調しています。
ビーダーマイヤー様式
ビーダーマイヤーのインテリア

ビーダーマイヤーはその後、バウハウスやアールデコへ受け継がれていきました。
アールデコは1910年代から1930年代にかけてヨーロッパで流行したデザインで、電気や機械が広まった近代的生活に合わせた機能的、現代的なフォルムが特徴です。
富裕層向けの一点制作が中心だったアールヌーボーに対して、アールデコは一般向けの大量生産も行ないました。
アールデコ1

フレディはニューヨークに所有していたマンションのインテリアを、アールデコに統一していたそうです。
いかにもフレディが好きそうですよね。
アールデコ2
ほんとにフレディに似合いますよ!
モントルーのダックハウスもこんな感じだったと思います。

このような貝の形のソファもアールデコのデザインなのですね。
フレディはこんな貝のソファーとベッド、キャビネットなどを揃えて、メアリーに送ってあげたそうです。ロマンチックですね!
貝のソファ


メアリーといえば、メアリーがつとめていたBIBAが入っていたビルがこれです。
BIBAのビル
1920年代のアールデコスタイルとして名高い建物で、レリーフがとてもきれいだそうです。
BIBAは、1960年〜1970年代のファッションの象徴でした。
世界中から買い物に訪れる人気店でしたが、1970年代半ばの不況により閉店しました。
当時の顧客名簿には、フレディやルー・リード、デヴィツド・ボウイなどが名を連ね、伝説のブランドとなっています。
フレディはここでアールデコの装飾に触れていたので、アールデコが好きになったのかもしれませんね。


実は日本でもアールデコの建築を見ることができます。
目黒の「東京都庭園美術館」や、銀座のビアホール「ライオン」、上野の東京国立博物館本館などです。
「東京庭園美術館」は本当に美しい邸宅で、往年の貴族の暮らしを体感することができます。
東京都庭園美術館

玄関にはルネ・ラリックのガラスの装飾があります。
ルネ・ラリックはフレディも愛好していたガラス工芸家ですね。
庭園美術館のルネ・ラリック

意外と身近なところにもアールデコを見ることができます。








ヘルメス思想の系譜に連なるフレディ

マーキュリー=ヘルメスまで来たので、ついでに「ヘルメス思想」まで行ってみましょう。
「ヘルメス思想」とは、紀元前3世紀〜紀元後3世紀頃にエジプト(アレキサンドリア)で導師ヘルメス・トリスメギストスが弟子に教えるという形で書かれた「ヘルメス文書」に示された内容を指しています。
ヘルメス(マーキュリー)は、死者を冥界に導く役割を持った神であり、ヘルメス思想の祖として敬われています。
(フレディがそれを知っていたかどうかは不明です)

ヘルメス・トリスメギストスは、生涯に36525冊の本を書いたとされ、宇宙の構造、医学、化学、哲学、法律、芸術、数学、音楽などの、あらゆる知識を人間に授けました。
「ヘルメス文書」の中にある「エメラルド・タブレット」には、ヘルメス思想の根本的なことが書かれています。
上のものは下のものの如く、下のものは上のものの如く」という、大宇宙と小宇宙の照応についてや、
全は一、一は全」という「反対の一致」が説かれています。
エメラルド・タブレット

ヘルメス思想は、西洋の知識人に再発見されてルネサンスを起こし、近代科学を生み出す原動力の一つとなり、科学や化学、天文学の基礎となりました。
さらにヨーロッパの思想や哲学、文学、芸術にも影響を与えました。
レオナルド・ダ・ヴィンチの思考にも影響を与え、ボッティチェリもヘルメスを知恵の象徴として描いています。
コペルニクスの地動説、ライプニッツの微積分、ケプラーの楕円軌道など、多くのものがヘルメス思想から生まれました。

ヘルメス思想で重要なのは、本来は光の存在である人間が物質界に下降し、そこで認識を得て再び天界へ帰るという往復運動です。
その往復運動は直線的なものではなく、ときに後退に見える運動も経ながら、より高い存在を目指していく螺旋運動となります。
ヘルメスが持っている「カドケウスの杖」に絡みついている2匹の蛇は、上昇と下降の螺旋の動きを意味しています。
2匹の蛇はカドケウスの杖のシンボルであり、上昇と下降というヘルメス学の中心概念を表しています。
(フレディのマイクスタンドと、絡みつくマイクコードを思い出してください)
フレディのマイクコート゜
なんかもうフレディ自体が蛇みたいですね。蛇は「智恵」の象徴。

また、ヘルメスによれば、「神は天上界の原像を基にして、その模造を地上界に流出した」ということなので、地上の物質を手掛かりにして、再び天上界へ到達することが可能なはずです。
なぜなら「上なるものは下なるものに一致し、下なるものは上なるものに対応する」からです。
これが「引き寄せの法則」の元にもなっています。

ヘルメス思想においては、人間と神は本質的に同一です。
そのことを「認識(グノーシス)」すれば、人間を神のレベルまで高めることができるとされます。
人間を「神化する」ことが目的です。
このように古代思想においては、「認識」こそが最も重要であり、知性のはたらきを重視しましたが、キリスト教ではその部分を隠してしまい、「愛」が最も大切であるとしました。
そのために、現在の欧米の映画や音楽は、盛んに「愛こそ全て」と歌い、愛が氾濫していますが、本来は「知と愛」のバランスが大切なのではないでしょうか? ヘルマン・ヘッセの「知と愛」のように。

ヘルメス思想では、人間が天界から地上へ下降し、また再び上昇する「運動」にこそ価値があるとするので、下降における堕落にも積極的な意義があるとします。これはキリスト教にはない考えです。
フレディがパーティー三昧をしても、コカインを摂取しても、愛欲に耽っても、それらも全て意義があることであり、深く下降するものこそが、後に高く上がることができるのかもしれません。
たとえば一般人が「1」下降した後に、「1」上昇するとしたら、フレディは「10」下降した後に「10」上昇したのではないでしょうか?
深く下降して、強く底を蹴れば、その浮力は強くなり、勢いで高く上昇することができます。
フレディは意図的にそれを利用したのではないかと、思ったりしてしまいます。
フレディ、パーティー
遊びながら進化しているのさ!

キリスト教では、神は絶対的な存在であり、人間とは全く別物とされます。
人間は死すべきものであり、生まれながらに原罪を負い、死後は裁きに合うことになっています。
ところがヘルメス思想では、神と人間は本質的に同一であり、同じ一者の異なる現れに過ぎません。
「全は一であり、一は全である」からです。
そして、下のものと上のもの、小宇宙と大宇宙が本質的に同一であり、互いに照応し合っていると考えられています。

ここで思い出していただきたいのは、これまでに書いてきた「真珠の歌」「放蕩息子の帰還」、ダンテの「神曲」、ゲーテの「ファウスト」です。これらは皆、天界から地上や冥界へ下った人間が、天上界を思い出して上昇を始め、最後に天へ帰還するという物語でした、
つまり全てヘルメス思想を継承したものだったのです!
ヨーロッパではキリスト教の裏で、ヘルメス思想が長きに渡り、底流を作っていることが明白です。
フレディがそれを認識していたかどうかはわかりませんが、マーキュリー=ヘルメスを名乗った以上、この流れに加わることを拒否はできません。無意識にせよ、ヘルメスの流れに乗っていたのでしょう。
フレディはヘルメス神の伝令役です。
彼が伝えたかったのは「愛」なのかもしれませんが、「認識(グノーシス)」もどうぞお忘れなく!
 
プロフィール

楽園のペリ

Author:楽園のペリ
1975年、初来日の武道館でクイーンを体験、フレディのファンになる。長らくクイーンのことは忘れていたが、映画を見て思い出し、フレディについて研究するうち、ついにロンドンのガーデンロッジや、モントルーのクイーンスタジオまで行ってきました!

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