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「ボヘミアン・ラプソディ」爆音上映


ボラプ

「ボヘミアン・ラプソディ」の爆音上映を見ました。
最初は音が大きくて、耐えられるのか私の心臓? と思いましたが、すぐに慣れてしまい、ライブ感覚で楽しめました。
演奏シーンになると音の振動まで伝わるので、心地よい感触が得られます。
ボラプは映画館で3回、飛行機の中で1回見たので、5回目でした。
思えばちょうど1年前に、初めてボラプを見たのでしたね。
その時は本当に俳優たちがクイーンに似ているなあと感心し、ライブエイドのシーンに感動しました。
それから1年、フレディのことを調べてきたので、ずいぶん周辺事情もわかるようになり、ジョン・リードやジム・ピーチ、ポール・プレンターなどもはっきりと識別できるようになりました。
フレディがピアノから離れる時、にマイクを渡すピーター・ヒンスの姿も確認しました。
はじめは主な登場人物の姿ばかり見ていましたが、今回は何しろ5回目なので、画面の背景なども隅々まで見られて、余裕で鑑賞することができました。

で、結論なのですが、(あくまで5回目の結論ですが)
やはり最後のフレディ自身の映像が、ずば抜けて圧巻です!
あのDon`t stop me now がカラー映像だとすると、他の場面は全て白黒なんじゃないかと思うぐらい違っていました。
動物行動学の竹内久美子氏によると、「あの何かにとりつかれたかのような、狂気とパッションのほとばしりをいったい誰が表現できるだろうか?」とのことで、フレディのオーラは、どんな俳優でも再現不可能だと思い知らされたそうです。まさに同感です。

フレディの映像は、全身に音楽とリズムがみなぎり、ほとばしり出ている姿が強烈です。
フレディがいかに音楽の神に愛されていたかがわかり、涙が滲みました。
フレディ=音楽なのです!!
フレディ レザー


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プラネタリア/ クイーンの「ヘブン」

有楽町マリオンにある「プラネタリア」で、クイーンの「ヘブン」をやっと見ました。
7月から上映していたというのに、なかなか見る機会がなく、10月に予約を入れたところ台風に見舞われて、電車が不通になり、たどり着くことができませんでした。以前なら、電車が止まったなら自分で運転して行ったものですが、さすがにそれはちょっと危険かなと。
プラネタリア ヘブン

ネットで席を予約するとカード決済のみなので、もう現金で入場することはできない時代になったのかと思っていましたが、到着してみると窓口に人間がいるのでびっくり。そしてお金も使えることがわかって2度びっくりでした。何をびくびくしているんだ私。
ブラネタリア入り口

クイーンの「ヘブン」の入り口には、なつかしい面々がお出迎えしてくれます。
こんな時代もあったんだなあ。みんな若い。
看板息子達

こんなパーソナルな3Dシアターもあって、面白そうだった。
3Dシアター

ドーム内に入ると、こんな感じになっていて、上映中はもちろん撮影禁止。
ドーム内

そして「ヘブン」が始まった。
私はチェア席を予約していたが、クッション席の人たちは仰向けになって鑑賞するので、天井を見るためにはそれもgoodなのではないかと思う。
ネットではあまり「ヘブン」の感想を書いている人がいないので、きっとあまり面白くないんだろうなと思っていました。
で、見てみると、やはりCGの技術がすごい。
一面のスクリーンではなく、36度のドームに投影するので、実際にその場所に入り込んだかのような臨場感があります。
海の波が打ち付けたり、空から隕石が落ちてきたり、それはどエライ迫力です!
空中飛行のシーンなどは本当にクラクラするので、めまいがする人もいると思う。
パンフレットを読むと、「クラクラして気分が悪くなった人は、目をつぶって下さい」とある。
なるほど、目をつぶればいいのか。

私は個人的には「who wants to live forever?」の映像が良かったな。
永遠性を感じさせるリングと、人間の生命の限界を表すリングが合体するイメージ。

CGは良くできているけれど、惜しいのは全体のイメージが暗いこと。
宇宙が暗いのは仕方がないけれど、山や海、大自然の描写が暗いのです。
日本の自然はもっと美しいぞ! イギリスの風景は暗いのかなと思いつつ、最後のクレジットを見ると、制作はミュンヘンのスタジオになっていました。そうかあ、ドイツの映画も暗いからなあ。
日本のCGスタッフが作ったら、きっともっと美しいものができるに違いない。
見終わった時に爽快感が得られるといいのにね。

クイーンのPVがところどころに挿入されているのですが、当然のことながら新しい映像はないので、クイーンファンなら見慣れたものばかりです。
クイーンの映像を見るというよりは、最新のCGを楽しむと思った方が良いかもね。
音質については、あまり期待しないでください、と言っておこう。

CGについては、1982年の映画「トロン」から、もう長いこと見慣れているので、次は早くホログラムが見たいなあ。
「トロン」といえば、あの頃、池袋のサンシャイン60が1978年に開業して、レーザー光線のショー「レザリアム」をやっていたので、何回も見に行ったっけ。そう、当時は「レザリアム」と「トミー」と「トロン」だったな。サンシャイン水族館のゴマフアザラシも可愛かった。
「トミー」は1975年に公開されたザ・フーの映画。面白くて何回も見に行き、音楽をカセットで録音していたよ。
1975年には「ロッキーホラーショー」の日本初上陸もあり、もちろん見に行きました。
まあ「トミー」や「ロッキーホラーショー」のインパクトはすごかったので、思い出話になってしまってスマン。

早くホログラムのフレディがステージで歌っているところが見たいですね!








「新月」40周年コンサートを祝して!

日本のプログレッシブロックバンドの最高峰と言われる「新月」が、ファーストアルバムを発売してから40年を記念するコンサートが開かれたので、川崎のクラブチッタへ行ってきました。
このバンドは40年前からの知り合いなのですが、ボーカルの北山真氏が変わっていなくて凄い!
近くで見るとメイクしていますが、遠目ではまるで20代の頃のようです。
彼は山岳クライマーでもあるので、鍛え抜かれた身体の持ち主なのでしょう。
40年前に芝のABCホールで開かれたデビューコンサートを、昨日のことのように思い出しました。
新月ファーストアルバム

作曲の花本彰氏も変わらずに冷徹にシンセやメロトロン!を操っていて、さらに貫禄が加わっています。
彼は芸術学部出身なので、基礎がしっかりしている人の強みがあります。
ぜひ今後も新作を期待したいです!

ギターの津田治彦氏は、なんだか丸みを帯びていますが、名曲「朝の向こう側」では40年前と変わらない歌声を聴かせてくれました。
幕間に流されたHALかベラドンナの時の演奏も懐かしく流麗でした。

新月、チッタ

コンサート会場は、往年の新月ファンで一杯で、とくに男性が多く、40年の歳月を感じさせる年齢の方が多く見受けられました。
日本のプログレファンがこんなに大勢いたとは、うれしい驚きです!
開演前に客電が落ちると、すぐさま観客からの拍手とコールが起こり、バンドを呼び出します。
はじめに楽器セクションが持ち場に着くと、後から銀色のマントに身を包んだボーカルの北山真が、天井からゆっくりと降りて来ました。
そして新月のお馴染みのナンバーから、新作「静かの海」収録曲まで、次々と鮮やかな演奏を繰り出したのです。
私も新月の曲はほとんど知っているし、「静かの海」も買ったので、新月マニアなのかもしれませんね。
静かの海
「静かの海」(北山真/花本彰)

新月の曲を40年も断続的に聴いてくると、やはりこちらの聴く年齢によって、聴き方が変わってきます。
はじめは夢中で聴いていた20代、そして中年になると、なんだか若い頃の音楽が聴けなくなったりする時期もありますが、さらに還暦も過ぎると、バンドを続けてくれるだけで有難く、何でもOKでハッピーになってしまいます。
また10年後の、デビュー50周年を目指して、ぜひがんばってほしいと思います!

「新月」は初期から、照明や映像を取り入れて、演劇出身のボーカルの衣装やアクトにも凝っていました。
今回も40年前とは違った衣装や映像で、さらに表現が豊かになり、聴衆の心を揺さぶるものになっていました。

私が注目したのは、ステージに一貫するコンセプトです。
はじめはボーカルが、天井からゆっくりと降りて来ます。
そして地上で人間の諸相を演じ、味わい、表現をし尽くすと、また最後にゆっくりと天井へ上がって行きました。
これはちょうど私が最近書いていた、ヘルメス思想に通底するものです。
ヘルメス思想では、人間は神の世界から地上へ降りて来て、色々な経験を通して成長し、また神の世界へ上昇していく(進化していく)とされています。
ヘルメスとはマーキュリーのことなので、フレディもその流れに逆らうことはできないと書いたところでした。
このように同じものを体験することをシンクロニシティーと言います。
心に強く感じたことには、シンクロニシティーが起こります。
やっぱりね、と私はにやにやしながら会場を後にしたのでした。


おまけ。
帰ってから、捨てられた猫の保護活動をしているお坊さんのブログを見ていたら、こんな言葉がありました。

「私たちはあの世から来て、またあの世に帰る。
死とは別れではなく、来たところに帰る。という仏さまの教えです。」

これもシンクロニシティーかにゃ。


プロムス・ジャパン・ファーストナイト

プロムス ファーストナイト

イギリスで行われている世界最大の音楽祭「プロムス」が、初めて日本に上陸しました。
8月にロンドンで聴いたBBCオーケストラがやってくるので、早速ファーストナイトコンサートへ行ってきました。
渋谷のオーチャードホールです。

ロンドンで聴いた時は円形のロイヤルアルバートホールだったので、音が柔らかく上に立ち上るような感じだったのですが、日本のホールは音が前へ飛ぶように設計されているので、とても鮮やかな生き生きとした音色で、まるで違うオーケストラのように感じられました。
「プロムス」はプロムナードコンサートの略ですが、毎年でロンドンで2ヶ月にわたって繰り広げられ、最後のラストナイトは日本でいえば紅白歌合戦のような国民的行事として盛り上がります。
そしてラストナイトの最後では、英国国歌「ゴッドセイブ・ザクイーン」をみんな起立して歌います。
ですから、クイーンがコンサートの最後に「ゴッドセイブ・ザ・クイーン」を流すのは、プロムスを踏襲しているのだと思います。
クイーンが特別に変わったことをやっているのではなく、大衆のアイドルとして皆に受け入れられやすいことをやっているのでしょう。

ロンドンのラストナイトに招待された歌手は、衣装に色々な国の国旗をつけて歌ったりします。
フレディが大きな国旗を広げてステージを歩いたのも、ここからヒントを得たのではないかと思います。
フレディの国旗

フレディの「えーお」にも前身があり、1960年代に似たようなステージと客席の掛け合いがありました。
フレディの発明というわけではなかったのです。
フレディは1950年代、1960年代の音楽を聴きこんでいましたし、もっと遡って古い映画やボードヴィルなどを好んでいました。
ボードヴィルとは、17世紀末にパリで始まった演劇形式で、1900年頃のサイレント映画に取り入れられました。
こんなに古い時代のボードヴイルについて、私も全く知りませんでしたし、50年代・60年代の音楽についても、日本とイギリスでは情報量に圧倒的な差があったはずです。
フレディが慣れ親しんだ音楽の中から、自分の音楽をするすると紡ぎ出して来たわけですが、私たちはその背景となる音楽をあまり知らないので、その多彩な表現に驚かされるのです。
45年前ぐらいに初めてクイーンを聴いた時、「ポップだなあ、どうしてこんなにポップなのかなあ?」と思いましたが、その背後には欧米の膨大なポップミュージック世界が横たわっていたのですね。

「ロケットマン」

映画「ロケットマン」を見ました。
エルトン・ジョンの伝記映画です。
まずエルトン・ジョンとフレディが良く似ていることに驚きました。
2人とも同性愛で、ラジオから聞こえた音楽をすぐにピアノで弾くことができます。
もちろん2人とも優れたボーカリストで、歌を作ります。
大のパーティ好きで、買い物中毒で、恋愛中毒です。
エルトンはアル中でコカイン中毒でしたが、フレディはそれほどでもなかったかな。
ショービジネスの世界とは、それほど大変なところなのではないでしょうか。
2人とも子供の頃は寂しい思いをしていて、愛を求めています。

ハメを外すことにかけては、エルトンはフレディに叶わなかったとか。
フレディとエルトン1

これほどまでに似通った2人だったので、お互いに心を許せる相手として、親友だったそうです。
これはエルトンのコンサートにフレディが飛び入りしたところ。
フレディとエルトン2

フレディとエルトンを繋ぐ重要な人物がいます。
エルトンのマネージャーのジョン・リードです。
彼は1970年から1975年まで、エルトンと恋人関係にありましたが、1975年に同居をやめてからも1998年まで、マネージャーをつとめていました。
1975年にエルトンが休暇を取ったため、ジョン・リードはクイーンのマネージャーも兼ねることにしましたが、ポール・プレンターとのトラブルにより、1978年1月に契約は解消されています。
ジョン・リードは大変やり手の人物で、エルトンを大物に仕立て上げることに成功しますが、エルトンからお金を搾り取ることにも長けていました。映画の中でも、リードは「エルトンが死んでからも収入の20パーセントが入ることになっている」と言っていたので、あまりの強欲さにぞっとしました。
ジョン・リードはエルトンと愛情がないのに付き合っていたので、まだウブだったエルトンは深く傷ついてしまいました。
リードはエルトンと付き合うことで、エルトンを自分に繋ぎ止め、歌を作らせては自分の懐にお金が入るようにしていたのです。
音楽業界とは、そのような恐ろしい人物がいるところではありますので、どうぞご用心を!
エルトンとジョンリード

そのうえジョン・リードは、エルトンのお金を横領していたことが1998年に発覚し、エルトンは2000年にリードを訴えました。
リードが約4億4000万円を返済することで和解しましたが、4億円以上も横領していたとは!
エルトンは長年信頼していた人に裏切られ、深く深く傷ついてしまいました。

まだ若いフレディとジョン・リードが何もなかったと思えますか?
ご想像にお任せします。
フレディの名作「ミリオネア・ワルツ」は、ジョンリードのことを歌っているといわれます。
だってこれラブソングでしょ?
フレディとジョンリード

フレディが亡くなった時に、エルトンは大変強いショックを受けました。
アル中でコカイン中毒だったエルトンは、大量の薬物を摂取した後に、自宅のプールに落ちたこともあり、ついに1990年にアルコールと薬物を断ちました。それ以来、28年間一切の酒とドラッグを口にしたことはないというのですから、偉い!!
28年間といえば、ちょうどフレディが亡くなってからの年数ですね。
エルトンは2度と酒やドラッグの誘惑には負けないと、フレディの魂に誓ったのではないでしょうか?

エルトンは、フレディが亡くなった後に追悼の言葉を捧げています。
「フレディ・マーキュリーは、信じられないほどに革新的な歌手、バンドのフロントマンでした。
僕の大親友で、彼と出会えたことは恵みでした。
とても面白く、並外れていて、それにすごく優しかった。
偉大なミュージシャンであり、ユーモアのセンス、並外れたセンスがありました。
ライブエイドのステージはまさに圧巻でした」

フレディが亡くなった後のクリスマスに、フレディからのプレゼントがエルトンのもとへ届きました。
それはエルトンが好きな画家の絵で、フレディからのメッセージが添えられていました。
「親愛なるシャロンへ。きっと喜んでくれると思ってこの絵を贈ります。メリーナより愛を込めて」
(シャロンはエルトンのニックネーム、メリーナはフレディのニックネーム)
フレディは死の淵にあっても、親友が喜んでくれることを考えていたのですね。涙
フレディとエルトン2

エルトン・ジョンの映画を見ても、ついフレディとの関連ばかり考えしまいます。
ちなみに、映画にはフレディは出てきません。
でもエルトンとフレディが生きた1960〜70年代の様子を窺い知ることができます。
エルトンは1947年3月生まれ。
フレディは1946年9月生まれ。
ジョン・リードは1949年9月生まれです。
3人とも同性愛なのに、なぜフレディだけが早世したのか不思議です。
エルトンは2014年に同性の恋人と結婚しました。
きっとフレディも喜んでくれていることでしょう。



プロフィール

楽園のペリ

Author:楽園のペリ
1975年、初来日の武道館でクイーンを体験、フレディのファンになる。長らくクイーンのことは忘れていたが、映画を見て思い出し、フレディについて研究するうち、ついにロンドンのガーデンロッジや、モントルーのクイーンスタジオまで行ってきました!

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