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三島由紀夫とフレディの奇妙な関係

いま「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」という映画が公開されています。
映画館に行くことは自粛すべきでしょうけれど、私は「N95マスク」という秘密兵器を持っているので、こっそりと映画館へ潜入してしまったのでした。N95とは、高性能の医療用マスクです。私はこれを福島の原発事故後に、放射能防御用として入手したのですが、幸いなことに使用したことはなく、まさか疫病のために使うことになるとは思いもよりませんでした。

三島由紀夫は何度もノーベル賞候補になったことがあり、世界的に有名な文豪です。
三島が自決する1年半前に、東大全共闘が企画した討論会の模様が記録されており、当時三島が何を語り、それを東大生がどう受け止めたのか、或いは反論したのかという実況が纏められています。
三島は学習院から東大へ進んだので、先輩と後輩の間柄であったわけです。
三島家は三代にわたり東大の法学部出身で、祖父は内務省の官僚、父は農林省の役人というエリート一家でした。

三島由紀夫は1970年11月25日に、市ヶ谷の陸上自衛隊で、自衛隊員らに決起を促したが何ら手応えがなく、その場で割腹自殺を遂げました。その日の夕刊に、三島の首の写真が載ったことは、当時中学生だった私も記憶しています。
三島は戦後の日本が物質主義になり、日本人が金の亡者になって、日本古来の精神性が薄れていくことを危惧し、何とか日本社会に喝を入れ、日本人を覚醒させたいと願っていた故の覚悟の自決でした。
三島由紀夫
三島由紀夫

これはこれで考えさせられる事件ですが、私がふと気になったのは、11月25日という日付です。
これは言うまでもなくフレディの命日11月24日の翌日。
しかし考えてみると、11月24日というのはイギリス時間ですから、日本とは時差があります。
フレディが亡くなった時間は、午後7時12分前で、ジム・ハットンはこの時間から自分の腕時計を動かさなくなったと証言しています。
ということは、フレディの命日は日本時間の11月25日ということになります!

三島由紀夫とフレディは、同じ45才の11月25日に亡くなったのです!
これは一体どういうことなのでしょう?
45才で亡くなった人は沢山いますし、11月25日に亡くなった人も沢山います。
でも45才の11月25日に亡くなったという人は、とても少なく、どのくらいの確率になるのでしょうか?

三島由紀夫とフレディの共通点は、他にもあります。
2人共バイセクシュアルだったこと、ボディビルで筋肉を鍛えていたこと、猫好きだったことなど。
そしてフレディは16才でザンジバル革命という不合理な暴力を経験しましたが、三島も16才の時に太平洋戦争が始まっています。
三島は生来虚弱な体質で、いよいよ出征の時になって気管支炎で高熱があったため入隊にはなりませんでした。
多くの友人が戦死した中、生き残った自分を責めた三島は、戦後25年間は余生であったと言っています。
戦後25年間に多くの作品を残し、文壇、映画界、演劇などで活躍しましたが、なぜか幻想の世界のようで虚しかったらしい。
一方フレディは1970年から25年間クイーンという虚構の中で活躍しました。

三島由紀夫とフレディの共通点は、何を意味するのでしょうか?
1925年生まれの三島と、1946年生まれのフレディに接点はありませんでした。
三島が自決した1970年は、クイーンデビューの年です。
三島は海外でも有名な作家ですから、当然翻訳もあり、三島切腹のニュースは世界を駆け巡ったことでしょう。
何しろ現代の「ハラキリ」ですから、世界が仰天したことは間違いありません。
1975年の初来日の前から日本が好きだったというフレディですから、当然興味を持ったことでしょう。
1970年8月に、ニューヨークタイムズが三島由紀夫の大特集を組み、武士道など日本の伝統を復活させた人として紹介しました。
時代の最先端に敏感だったフレディが目にした可能性もあります。
とにかく、三島の死を衝撃を持って受け止めたフレディの深層意識に、三島の型共鳴が起こったとは考えられないでしょうか?
フレディが三島のようになりたいと思ったわけではないでしょうけれど、余りにも深く心に刺さることがあると、無意識のうちにそれを再現してしまうということは考えられます。
フレディご乱心

三島はなぜ、45才で自決したのでしょうか?
大石内蔵助は45才で切腹、
大塩平八郎は45才で自決しています。
また45才は、昭和天皇が現人神から人間宣言をした年齢であり、三島は同じ年齢で人間となった天皇の身代わりになって死ぬことで「神」を復活させようとしたのではないかとする説があります。
11月25日は三島が尊敬していた吉田松陰が刑死した日でもあります。

三島がボディビルを行なった理由とは。
三島は生来虚弱で、身長も163センチだったため、身体に対するコンプレックスがあり、その反動としてボディビルを行なっていました。
たちまち筋肉隆々の身体を手に入れることができたのですが、それは「死んだ時に貧相な体だったら恥ずかしいから」だと言っています。筋肉を鍛えるのは死への準備でした。
フレディが筋肉を鍛えたのは、ハードゲイ社会からの影響だと思われますが、ハードゲイは1970年代後半からの流行だったので、三島との接点はありません。
でもカミユを愛読するなど、文学好きだったフレディが三島を知って、三島がバイセクシュアルのボディビルダーだと知ったなら、その影響を受けた可能性はあります。
フレディは五輪書を読むなど、相当な日本文化通でした。衆道(男色)について論じた「葉隠」も当然読んだでしょう。
そして現代の武士道を世界に示した三島に魅かれたのかもしれません。

三島由紀夫は真性の同性愛ではなく、ゲイバーに通っていたことはあったけれど、それは取材のためだったとも言われます。
三島は結婚して、2人の子供を持ちました。
初期の作品「仮面の告白」や「禁色」は同性愛を扱っており、近親相姦やSMなど、あらゆる愛情形態に興味を持っていました。
三島家の書生だった福島二郎は、三島と同性愛関係だったことを自伝的な小説に書きましたが、これは三島の死後に書かれたものであり、実際にはどこまでが事実だったのかは測りかねます。
ただ、三島のお気に入りだった美輪明宏については、相当のご執心だったようで、2人の関係は周囲でも公然の恋人だったようです。
美輪明宏は「恋愛関係ではなかった」と言っています。
美和明弘
美輪明宏

美輪明宏は三島由紀夫と親しかった人物で、フレディとも交友がありました。
つまりここにフレディと三島をつなぐ接点があるのです。
美輪明宏は10代の頃、大変な美少年で、ゲイバーで働いているところへ、三島が通ってきていました。それ以来、10年以上の交友関係がありました。
三輪の歌をきいた三島は「君は大物になる」と言って、三輪のレコードデビューの後押しをしました。
フレディは三輪から、三島の話をきいて感銘を受けたのかもしれません。

実際にフレディは、日本滞在でのボディガードを務めた伊丹氏に、お礼として日本刀を贈ったことがあります。
日本刀はベネディクトの日本文化論のタイトルにもなった「菊と刀」のように、日本精神の象徴であり、武士道の魂です。
お礼に日本刀を贈るということは、フレディ本人も所持していたということでしょう。
もちろん三島も持っていた日本刀です。
(それにしても日本刀は100万円単位の値段ですから、お礼に贈るというのはすごい!)

三輪は霊感があるので、三島には軍人の霊が憑依していると言いました。
それは磯部浅一という軍人で、二・二六事件で決起した将校らと行動を共にし、後に軍法会議で死刑判決を受けて刑死した人の霊だというのです。それをきいた三島も肯定していました。
霊の憑依ということがあるかどうかわかりませんが、これも「型共鳴」と考えれば、軍人の精神に三島が共鳴を起こしたとすることもできます。
三島は磯部浅一の「獄中日記」を高く評価していました。

また三島は、江藤小三郎という陸上自衛艦の影響を受けたとされています。
三島が自決する前年、江藤は混沌とした日本社会を救うため「覚醒書」を残して、国会議事堂前で焼身自殺を遂げた人物です。
このように三島も磯部浅一や江藤小三郎の影響を受け、フレディも三島の影響を受けたのかもしれず、そしてそれをつなぐ三輪明宏のような人物がいたり、人々が共鳴しあって歴史や文化が作り上げられていく有り様が、「いと をかしく」思われるのです。
それにしても、いくらフレディが三島の影響を受けたとしても、病死だったフレディが45才の11月25日に命日を合わせられるわけはないので、本当に不思議なことだと思われます。

三島は戦争中の死に美学を見出し、戦後の虚構を作り出してきました。
そして自決は現実と虚構の重なるところで、生涯と作品を一致させたとする説があります。
三島の死は「文学的な政治の」の極致であり、人生そのものを作品とした壮大なトリックであったのです!

そう、そこでやっと私はフレディと三島由紀夫の共通点がわかったのです!
この2人は、やはりトリックスターなのです!
フレディがトリックスターだというのは、私の持論です。
トリックスターとは、神話や伝承の中で、神や自然界の秩序を破り、いたずら好きだが、文化を発展させる者のこと。
善と悪、破壊と生産、賢者と愚者などの二面性を持っています。

三島はエリートの家に生れながら自由に生き、人に軽蔑されることを目指していました。
三島が作品の中で描き、自らも没入した自虐趣味と性的倒錯と死。
それが忌まわしいものだからこそ崇高なのだということを、彼は体現し続けました。
三島は社会に毒を投げ込み、今だに私たちを翻弄し続けているのです。
背徳者として後ろ指を指されることを演じ続けた三島由紀夫こそ、20世紀のトリックスターなのです!


長くなってすみません。
私が「三島由紀夫vs東大全共闘」を見たのは、実は東大生の中に知り合いがいたからなのです。
当時、東大で随一の論客と言われた芥正彦がその人です。
映画の中で、学生だった芥正彦が赤ちゃんを抱いて、三島由紀夫と渡り合っていました。
二人とも異常に頭が良いので、その論戦は一般人には理解しがたい観念的なものでした。
二人は会話をしているのですが、お互いに目を合わせません。
そして三島が日本を超えることがないとわかると、芥は「退屈だから帰る」と言って、本当に帰ってしまいます。
これは三島に対して、あまりにも失礼な行為ではありませんか。自分たちが三島を招聘したのですから。

この論戦から10年以上経って、私は芥正彦の劇団の仕事を手伝ったことがありました。
迎賓館の近くにあった劇団の裏手にはグランドピアノの残骸があり、それは別れた奥さんのものだったということでした。
芥は芸名で、Actorから来ているという。30代の彼は長髪で、意気軒昂な座長でした。
映画の芥氏は73才になっていましたが、話し方は全く変わっておらず、「今も自分の言葉を喋っているから」学生運動に「敗北はしていない」とのことです。ロックンローラーみたいですね。
73才といえば、芥氏は1946年生まれ、フレディと同じです。フレディも生きていればこんな感じなのかなあと。
そして芥氏が離婚後に交際していた女優の中島葵さんは、1991年に45才で亡くなっているのです。これもフレディと同じ。
どうしてフレディと同じ人が色々といるのか、めまいがしそうです・・・

最後に、医療用N95マスクを付けてみて、これがいかに苦しいものであるかがわかりました。
細かい粒子を遮断する性能があるので、息苦しいのです。
そして皮膚に密着させる必要があるため、ゴムの紐がきつくて頭が痛くなるのです。
いま病院で新型コロナの対応に当たっている医療関係者の皆さんが一日中これをつけているなんて、本当に辛いことだと思います!
息苦しいうえに、未知の病原体を相手にしているのですから、身体的にも精神的にもダメージを受けてしまうのでは?!
いま病院で診療に当たって下さっている方たちに感謝し、尊敬します。
本当にありがとうございます!!










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「翔んで埼玉」

飛んで埼玉

テレビで「翔んで埼玉」を見ました。
埼玉がそんなにすごい所だったとは知りませんでした!
たまたま最近、さいたまスーパーアリーナに行ってきたばかりなので、たまげました。
魔夜峰央の原作は1982年なので、まだ「たまアリ」はなかったですからね。
「たまアリ」は2000年開業です。
1982年といえば、クイーンの「ホット・スペース」発売年だなと、ついクイーン・スケールと照合してしまいます。
でも1982年はクイーンが来日して、西武球場でライブを行なった年!
西武球場は所沢市ですから、立派な埼玉です。
クイーンファンにとっては、埼玉は僻地ではなく、聖地ではありませんか!

ブライアンやアダムが「トーキョー」と言っていた時に、「いやここは埼玉だから」とツッコミを入れたかった人もいると思いますが、まあそこはあまりこだわらなくてもいいんじゃないでしょうか?

「翔んで埼玉」では、埼玉人かどうか見分けるために、草加せんべいの踏み絵を強いられたり、千葉の常磐線がヌーの大群で停止したり、群馬のジャングルに翼竜が飛んでいたり、随所にパロディーの笑いがありました。

「埼玉解放戦線」のリーダー「埼玉デューク」(京本政樹)は伝説の埼玉県人で、従者がキツネのお面を被っていました。
まさかブライアンはこの映画を見たんじゃないでしょうね?

クイーン公演2020/1/26  さいたまスーパーアリーナ

1月26日に、さいたまスーパーアリーナのクイーン公演に行ってきました!
やはり感想を書かねばなるまいと思います。

クイーンの公演は、45年前に武道館へ行って以来、じつに45年ぶりとなります。
あの頃、ロックミュージシャンは30才を過ぎたら生きていないと思われており、自分も40才まで生きるなんて信じられないことだったので、この45年という歳月の後に、今だに生きながらえている自分が、今だに活躍中のブライアンとロジャーを目にすることができて、本当に感無量でした。
70代のロックミュージシャンを見たのは初めてでしたし、その健在ぶりには驚かされ、嬉しく思います。
この公演を見て、一番印象に残ったのは、ブライアンの強靭さです。
来日して以来、東京のあちこちのお店に出没しているし、さいたまスーパーアリーナ公演を2日続きでこなし、その合間にはしょっちゅうツイッターに投稿しているって、これはいったいどういうパワーなのか、まさに「生ける奇蹟」です!
ブライアンは最近ビーガンを始めたそうなので、体調の変化もあるでしょうに、あいかわらずのご活躍に脱帽です。どうぞお体を大切に!
私も1年間ぐらいビーガンをやっていたことがありますが、はじめは解毒が進み、皮膚が黄色くなりました。体重が減り、体力も落ちてしまうので、1年ぐらいでリタイア。ビーガンは栄養素が足りなくなるので、サプリメントも必要です。

ブライアンは本当に全てを持っている人で、顔良し、頭よし、性格良し、経済力あり、名声あり、家族の愛情ありで、その上勲章をもらい、今度はコインも発行されるという、これ以上何を望んだら良いかわからないぐらいなので、毎年クリスマス頃になると、ちょっと鬱になってしまうのでしょうか。
あまりにも完璧で、世界のトップを独走してしまうと、それはそれでまた大変なのかもしれません。
ブライアンが持っていない、ただひとつのものとは、「永遠の命」です。
地球上に生息して、酸素を吸っている以上、活性酸素による老化は避けられず、こればかりはどうしようもありません。
しかし、このようなただひとつの弱点にツッコミを入れるのは、私の悪い癖かもしれません。ごめんなさいブライアン。
比類なき超人プライアンの姿を拝むことができて、本当に有難く感謝の念でいっぱいです。
ロジャーも元気で、歌声もきかせてくれて、本当に幸せでした。

今回の「ラプソディー・ツアー」について。
ラプソディ」というのは、「ボヘミアン・ラプソディ」から採ったものでしょうが、
「ラプソディ」とはもともと音楽用語で、民族音楽の延長にある、自由な形式の曲を指します。
日本語では「狂詩曲」と訳されますが、べつに狂っているわけではなく、「狂」とは面白おかしいとか、絵空事という意味です。
語源はギリシャ語から来ており、「歌をつなぎあわせること」という言葉が由来になっています。
それでラプソディは色々な曲調をメドレーのようにつなぎ合わせて作られます。
つまり、フレディの作曲法「つぎはぎ方式」は、ラプソディそのものだったというわけです!
「ボヘミアン・ラプソディ」や「マーチオブ・ブラッククイーン」など、初期の代表作は、みなラプソディ形式ということができます。
ですから今回のクイーンツアーは、フレディの初心に立ち返った、フレディらしさ溢れる「狂詩曲」の世界となりました。
コンサート全体が、次々とスタイルの違う曲をつなぎ合わせているため、総合的にまとめて長大なラプソディであると考えることもできます。
実に良く考えられていると思います。

まず、会場に入ると、ステージ上に巨大な黄金のティアラが据えられています。
クイーンのエンブレムと、楽器などを象ったティアラは楽しげで、いかにもラプソディの始まりを暗示しています。
ティアラは王侯貴族の装飾品ですから、女王の冠であり、クイーンの絶大なる成功を物語っているようです
QALのティアラ

QALが登場すると、ティアラは上方へ引き上げられ、舞台上はオペラ劇場のセットになります。
これは「ボヘミアン・ラプソディ」にオペラパートが含まれているとされるところから、デザインされたのでしょう。
(しかし私は「ボヘミアン・ラプソディ」のオペラパートは、どこがオペラなのかわかりません。ハテな?)
オペラを観に行く時と同じように、オペラグラスを持って行ったのですが、スクリーンにQALが大きく映し出されるので、あまり必要はありませんでした。しかし時々スクリーンがない時に、オペラグラスを使いました。
驚いたのはスマホでの写真撮影、ビデオ撮影OKで、しかもYouTubeに上げても良いとのこと。クイーンは太っ腹ですね!
でも本来は、自分たちの演奏をなるべく沢山の人に見たり、聴いたりしてもらった方がいいわけですから、著作権フリーにした方が絶対に得策なのです。
スマホのビデオも、なかなか良く撮影できるので、これも驚きです。
45年前の公演時とは隔世の感があります。
昔はペンライトを振ったり、100円ライターに火をつけて応援していたなんてことは、今の人たちはみんな知らないでしょうね!

コンサートの演出は、レーザー光線やミラーボールなどの照明は昔と変わりがないのですが、やはりCGが発達しましたね!
CGは面白いのですが、どうしてまだフレディのホログラムが登場しないのか?
昨年末の紅白歌合戦で、美空ひばりのCGが新曲を歌っていたので、そこのところだけ見ましたが、早くフレディの3次元ホログラムが見たいものです。

はじめの方で、CGでギリシャの神殿の柱が崩れてきて、コンサート終盤になって、また修復されます。
これは古い神話が破壊されて、自分たちの時代になったという意味で、そこでロックショーが繰り広げられるという意味でしょう。
終わりの方で(「ショーマストゴーオン」の時)神殿の柱がまた立ち上がるのは、元通りの時代に戻ったのではなく、新しい神話が始まるという意味に捉えたいと私は思ったのだけれど、実際はどうなのでしょう?
でもあの「ショーマストゴーオン」には感動しました。

オペラは19世紀までのハイカルチャーの時代の産物なので、それが終わり、現代のハイテク・モダン・ロックの時代になると、ステージの背景が変わります。
QALハイテク・モダン
ハイテク・モダンといっても、やはり20世紀だなあという感じ。クイーンは20世紀のバンドだったからね。
それにしても洗練されたステージ演出です!
全体的に鮮やかなロック・ショーになっており、ロック本来の毒気はない。
もともとロックはカウンターカルチャーであり、ワイルドでクレイジーで危険なものだったのだけれど、クイーンのステージは親子連れで楽しめる「安心・安全なロック」になってしまった。ブライアン博士の「正しいロック講座」みたいな。
それが悪いわけではなく、それがクイーンの功績なのですね。

QALレーザー光線
スモークに美しいレーザー光線が投影されます。
「Who wants to Live Forever」が壮大に盛り上がります。
はじめてロックショーに来た若い人は、本当に幻惑されると思います。

ブライアンのギターソロ
そしてついにブライアンのギターソロへ。
この写真の左端にブライアンがいます。
以前はブライアンのソロは、ちょっと退屈な時間だったけれど(ごめんねブライアン!)、今は本当にコンサートのハイライトだと感じました。やはり今のクイーンを引っ張っているのはブライアンなのだ。
博士が宇宙空間でギターの即興を弾く演出は新しいものだし、演奏はすばらしく、音は美しかった!
さすが「ギターの神様」!
ブライアンはギターの神になったのだ。
それを目撃することができて幸せでした。
本人もツイッターで「完璧な演奏だった」と言っています。
即興の最後にインクルーディングされたのは、ドボルザークの「新世界より」。
このように引用を行なうのも「ラプソディ」の常套手段なので、違和感はありません。
この「新世界」というのは、ドボルザークが仕事で訪れたアメリカのことで、アメリカから故郷のチェコへ向かって奏でている音楽なのですが、ブライアンは宇宙から地球へ向かってギターの歌を送っているのだろうか?
ブライアンにとっての「新世界」とは、彼が理想とするところの「世界が一つになったところ」なのだろうか?
世界が一つになって平和になり、争いが無くなり、皆が平等になれば、こんなにすばらしいことはないけれど、一つにするためには邪魔者を排除したり、お互いを監視しあったり、規制の厳しい窮屈な社会になるのはご免です。
ブライアンはきっと美しい理想を抱いているでしょうけれど、現実には難しい問題も山積ですね。

ドボルザークの「新世界より」のメロディーは、インディアン神話の英雄ハイアワサを扱った物語の「森の葬式」からインスピレーションを得て作曲されたものです。
英雄の物語といえば、やはりフレディを偲んでいるのかなというのは考えすぎでしょうか?
宇宙空間でギターを弾くブライアンは、死後の世界にいるフレディに音を届けているのかもしれません。

そしてドボルザークは、チェコの「ボヘミア楽派」に属していたという事実もあります。
ボヘミア地方とは、およそチェコの西半分の地域ですから、チェコはボヘミアンの発祥の地ともいえそうです。
ブライアンは「新世界より」を周到な考えのもとに選んだことは間違いありません。
やはり博士ですからね。

ギターソロの後に、神殿の柱が再生されるので、ブライアンはギターによって世界を更新したと考えられます。
新しい世界を生み出したのです。
それってやはり神様ですね!
すごいなあ。

新しい世界で、ブライアンがあのロボットのような奇妙な衣装になっています。
あれはスペースマン、あるいは新人類を表しているのですね。

QALラスト
しかし最後に、冒頭のオペラ劇場のセットも再生されるので、すべては劇場の中で起こっていたことがわかります。
ブライアンが宇宙に行ったり、神殿が再建されたりすることも、全ては架空の物語であり、絵空事であったとする、それこそが「ラプソディ」なのです!
まさに「ボヘミアン・ラプソディ」のラスト、「どうでもいいんだ、どうせ風は吹くんだ・・・」が思い起こされます。(私だけかもしれませんが)

というわけで、全体の構成が非常に良く組み立てられています。
まるでクイーンの音楽によるロック・オペラのようですが、でもあくまでも主体は音楽です。
他にも暗示的な部分はあります。
最後に出てくる、人間を脅かすロボットとは何か?
進みすぎるテクノロジーへの警鐘でしょうか?
「世界に捧ぐ」のジャケットに使用されたロボットは、SF好きのロジャーが気に入った作品が取り上げられたそうですが、今にして思えば、フレディだけが流血しているのが不吉な予兆だったのかもしれません。

まあ私は考えすぎなので、とにかく楽しいコンサートであることは間違いありませんので、これから名古屋・大阪の方はぜひご堪能下さい。ネタバレになってしまい申し訳ありません。

最後にアダム・ランバートについて。
彼もすばらしいシンガーですが、フレディとは全くタイプが違います。
フレディはあまりビブラートをかけない歌い方で、言葉のひとつひとつを大切に表現する特別な才能を持っていました。
クイーンを主導するエンジンだったフレディと、後継者を自認するアダムとでは、情熱の度合いも違うでしょう。
実際にライブでフレディを見た私たちにとっては、やはりクイーンはフレディ以外には考えられない。
QALでまたブライアンとロジャーに会えて嬉しかったけれど、嬉しさ反面、そこにいたはずのフレディの不在が際立つのです。
ああフレディがいないなんて!
誰もフレディの代わりをすることはできない。
公演中、フレディが2回、スクリーンに投影されました。
その時の観客の、悲鳴のような叫び声。
私も涙が滲みました。
クイーンの歌を歌ったことはないのですが、私も時々一緒に歌いました。
ほとんど全曲知っているのですから恐ろしい。

とはいえ、フレディが亡き今、アダムが引き継いで歌ってくれるのは嬉しいことです。
歌は人から人へ、時代から時代へ、歌い継がれていきます。
フレディは自分がシューベルトのような才能はないと思っていたかもしれない。
けれども、彼の歌がこれからも人の唇に歌い継がれていくことを、私も願ってやみません。
フレディ、ブライアン、ロジャー、アダム、ありがとう!
そしてバックバンドの皆さん、ローディー、スタッフの皆さん、お疲れさまでした!






「ボヘミアン・ラプソディ」爆音上映


ボラプ

「ボヘミアン・ラプソディ」の爆音上映を見ました。
最初は音が大きくて、耐えられるのか私の心臓? と思いましたが、すぐに慣れてしまい、ライブ感覚で楽しめました。
演奏シーンになると音の振動まで伝わるので、心地よい感触が得られます。
ボラプは映画館で3回、飛行機の中で1回見たので、5回目でした。
思えばちょうど1年前に、初めてボラプを見たのでしたね。
その時は本当に俳優たちがクイーンに似ているなあと感心し、ライブエイドのシーンに感動しました。
それから1年、フレディのことを調べてきたので、ずいぶん周辺事情もわかるようになり、ジョン・リードやジム・ピーチ、ポール・プレンターなどもはっきりと識別できるようになりました。
フレディがピアノから離れる時、にマイクを渡すピーター・ヒンスの姿も確認しました。
はじめは主な登場人物の姿ばかり見ていましたが、今回は何しろ5回目なので、画面の背景なども隅々まで見られて、余裕で鑑賞することができました。

で、結論なのですが、(あくまで5回目の結論ですが)
やはり最後のフレディ自身の映像が、ずば抜けて圧巻です!
あのDon`t stop me now がカラー映像だとすると、他の場面は全て白黒なんじゃないかと思うぐらい違っていました。
動物行動学の竹内久美子氏によると、「あの何かにとりつかれたかのような、狂気とパッションのほとばしりをいったい誰が表現できるだろうか?」とのことで、フレディのオーラは、どんな俳優でも再現不可能だと思い知らされたそうです。まさに同感です。

フレディの映像は、全身に音楽とリズムがみなぎり、ほとばしり出ている姿が強烈です。
フレディがいかに音楽の神に愛されていたかがわかり、涙が滲みました。
フレディ=音楽なのです!!
フレディ レザー


プラネタリア/ クイーンの「ヘブン」

有楽町マリオンにある「プラネタリア」で、クイーンの「ヘブン」をやっと見ました。
7月から上映していたというのに、なかなか見る機会がなく、10月に予約を入れたところ台風に見舞われて、電車が不通になり、たどり着くことができませんでした。以前なら、電車が止まったなら自分で運転して行ったものですが、さすがにそれはちょっと危険かなと。
プラネタリア ヘブン

ネットで席を予約するとカード決済のみなので、もう現金で入場することはできない時代になったのかと思っていましたが、到着してみると窓口に人間がいるのでびっくり。そしてお金も使えることがわかって2度びっくりでした。何をびくびくしているんだ私。
ブラネタリア入り口

クイーンの「ヘブン」の入り口には、なつかしい面々がお出迎えしてくれます。
こんな時代もあったんだなあ。みんな若い。
看板息子達

こんなパーソナルな3Dシアターもあって、面白そうだった。
3Dシアター

ドーム内に入ると、こんな感じになっていて、上映中はもちろん撮影禁止。
ドーム内

そして「ヘブン」が始まった。
私はチェア席を予約していたが、クッション席の人たちは仰向けになって鑑賞するので、天井を見るためにはそれもgoodなのではないかと思う。
ネットではあまり「ヘブン」の感想を書いている人がいないので、きっとあまり面白くないんだろうなと思っていました。
で、見てみると、やはりCGの技術がすごい。
一面のスクリーンではなく、36度のドームに投影するので、実際にその場所に入り込んだかのような臨場感があります。
海の波が打ち付けたり、空から隕石が落ちてきたり、それはどエライ迫力です!
空中飛行のシーンなどは本当にクラクラするので、めまいがする人もいると思う。
パンフレットを読むと、「クラクラして気分が悪くなった人は、目をつぶって下さい」とある。
なるほど、目をつぶればいいのか。

私は個人的には「who wants to live forever?」の映像が良かったな。
永遠性を感じさせるリングと、人間の生命の限界を表すリングが合体するイメージ。

CGは良くできているけれど、惜しいのは全体のイメージが暗いこと。
宇宙が暗いのは仕方がないけれど、山や海、大自然の描写が暗いのです。
日本の自然はもっと美しいぞ! イギリスの風景は暗いのかなと思いつつ、最後のクレジットを見ると、制作はミュンヘンのスタジオになっていました。そうかあ、ドイツの映画も暗いからなあ。
日本のCGスタッフが作ったら、きっともっと美しいものができるに違いない。
見終わった時に爽快感が得られるといいのにね。

クイーンのPVがところどころに挿入されているのですが、当然のことながら新しい映像はないので、クイーンファンなら見慣れたものばかりです。
クイーンの映像を見るというよりは、最新のCGを楽しむと思った方が良いかもね。
音質については、あまり期待しないでください、と言っておこう。

CGについては、1982年の映画「トロン」から、もう長いこと見慣れているので、次は早くホログラムが見たいなあ。
「トロン」といえば、あの頃、池袋のサンシャイン60が1978年に開業して、レーザー光線のショー「レザリアム」をやっていたので、何回も見に行ったっけ。そう、当時は「レザリアム」と「トミー」と「トロン」だったな。サンシャイン水族館のゴマフアザラシも可愛かった。
「トミー」は1975年に公開されたザ・フーの映画。面白くて何回も見に行き、音楽をカセットで録音していたよ。
1975年には「ロッキーホラーショー」の日本初上陸もあり、もちろん見に行きました。
まあ「トミー」や「ロッキーホラーショー」のインパクトはすごかったので、思い出話になってしまってスマン。

早くホログラムのフレディがステージで歌っているところが見たいですね!








プロフィール

楽園のペリ

Author:楽園のペリ
1975年、初来日の武道館でクイーンを体験、フレディのファンになる。長らくクイーンのことは忘れていたが、映画を見て思い出し、フレディについて研究するうち、ついにロンドンのガーデンロッジや、モントルーのクイーンスタジオまで行ってきました!

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