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ビートルズは陰謀か?

ビートルズは人工的に作られたバンド(音楽)だという説がある。
これはいわゆる陰謀論とされており、私も確信を持っているわけではありません。
都市伝説の類なのかもしれず、ネットでも散見できますので、興味のある人は調べてみてください。
アビイロード

ビートルズがデビューしたのは1962年ですが、当時世界の若者の間では反体制的な学生運動の嵐が吹きまくっていました。
1960年代はアメリカ、フランス、西ドイツ、そして日本でも学生の自治の運動から、反戦、公民権など政治や思想的主張の運動が広がり、さらに社会の体制や価値観の否定をも主張するようになって、スチューデント・パワーとして、社会的に大きな力を持つようになりました。
それを脅威に感じた体制側の何者かが、若者たちのパワーを削ぐために仕掛けたのがビートルズと、その音楽だというのです。
ロックは大音響で聴きますから、耳が麻痺したようになり、頭がぼ〜っとします。
そこへビートルズの音楽の中に仕掛けられたサブリミナルメッセージが刷り込まれ、若者たちが洗脳されていくというのです。
サブリミナルメッセージには、悪魔的なことや性的なこと、薬物の摂取をすすめることなどが含まれています。
確かにビートルズのメンバーは薬物を使用したようで、それを真似る若者たちが増えました。
体制に反発してヒッピーとなり、社会からドロップアウトしてしまった人たちもいます。

日本でも1960年の安保闘争は、学生と警察側の熾烈な戦いになったと伝わっています。
ビートルズが来日した1966年、若者たちはビートルズに熱狂しましたが、この来日は日米の支配層が、学生の安保闘争を潰す目的で仕組んだとする説があります。
政治から若者たちの目を反らせるために、ビートルズの人気を利用したというのです。
また、ビートルズ公演に大掛かりな警備体制を敷いたことで、警察の有事の際の予行演習をしたという側面もあったらしい。
実際に、私が記憶する1970年の安保闘争は、あまり盛り上がりがなく終わったのですが、それは果たしてビートルズ効果だったのでしょうか?

ビートルズは、世界の若者たちを音楽・薬物・フリーセックスによって、政治的に麻痺させ、体制迎合的に洗脳するという目的のために仕掛けられたものであるとする説を証明することはできませんが、政治に無関心な若者を量産したことは事実です。
私が気になるのは、ビートルズ以後の世代の人たちに、「政治なんて興味がない」「選挙なんか行っても、何も変わらないよ」という人が多いことです。
そうやって全てを投げてしまっても良いものなのでしょうか?
今日は都知事選でしたね。

要するに、ロックは「愚民化政策」のために作られたものというわけです。
もともと「3S政策」というのがあるわけですから、その一環と言えなくもない話。
(「3S政策」とは、スポーツ・スクリーン・セックスという娯楽による愚民化政策のこと。エンタメも娯楽になります。)
もし3Sやエンタメがなかったとすると、人々の間に不満が溜まり、それが社会や政治に向けられる可能性がある。
だからガス抜きのためにエンタメが人々に与えられているというのは、紛れもない事実でしょう。
肝心なのは、それを知ったうえでエンタメを楽しむのならば良いのではないか?ということ。
エンタメに夢中になって依存したり、人生を明け渡したりしてはいけない、自分の主体性を大事にしたいと思います。

「愚民化政策」のために利用されたバンドは、ビートルズをはじめローリング・ストーンズや、マイケル・ジャクソンの名が挙げられていますが、果たしてクイーンはどうだったのでしょう?
クイーンに関する陰謀論は、ネットでは発見することはできませんが、今に至るまでの巧妙で莫大な宣伝力・販売力をみると、答えは自ずと導かれるものと思います。(クイーンのある歌詞の中にヒントはあります)
フレディは自分の歌にはメッセージ性はないとして、とくに政治的なメッセージの歌は避け、エンタメに徹していました。
これはザンジバル革命によるトラウマが原因ではないかと考えていましたが、べつの側面もあるかもしれません。
まーきーにて
マーキーにて

とつぜんこんな話を持ち出したのは、最近、栗本慎一郎の『パンツを脱いだサル』を読んだところ、なんとビートルズの陰謀論に一章が割かれていたからなのです。
栗本慎一郎は衆議院議員をつとめたこともある経済人類学者で、大学教授です。
1981年発行の『パンツをはいたサル』が面白かった記憶があるので、その続編となる『パンツを脱いだサル』を読んでみたのです。
なんだかこの1981年頃というのは、面白い音楽や本や映画が多かったような気がします。
クイーンを聴くと、当時のことが色々と思い出されてしまうのかもしれません。

栗本慎一郎は、普通の学問からははみ出したようなことも研究する、頭の柔らかい学者ではないかと思うのですが、ビートルズの陰謀論を肯定しているのですね。
それは栗本氏の実体験から来ているのですが、1960年代は若者たちの怒りや不安が政治行動に向かおうとしており、栗本氏も学生運動の渦中にあったのだけれど、ビートルズが出現して以来、学生の興味は政治から離れてしまったという。
栗本氏によると、ビートルズのメッセージとは、
「家族も政治形態も、すべてイリュージョンにすぎなくて、体制的な道徳も下らないが、その改革にうつつを抜かすのもナンセンスだからやめなさい。もちろん、革命も・・・」というものだという。
このビートルズのメッセージは、すべての政治的メッセージを「ダサく」見せる効果を持っていたのです。
そしてロックに夢中になる若者が増えると、本来は反体制側の戦力になるべき若い兵士が戦線離脱していきました。
人々の不満や怒りが、つかの間のロックで解消されてしまうのです。
つまり「ビートルズは政治的メッセージだった」と、栗本氏は言っています。
このメッセージは、ビートルズの歌の中に巧妙に埋め込まれたサブリミナル的仕掛けや、良く考えられた感情的誘導によって広められたのですが、それはリバプール出身の4人には到底できないことだと栗本氏は考えました。
仕掛け人は、間違いなく情報操作のプロだと、栗本氏は断言しています。
それでは誰がこれを仕掛けた張本人なのか?
それは1963年のケネディ暗殺にもつながってきます。興味がある人は、どうぞ調べてみてください。

果たしてビートルズの陰謀論は都市伝説なのか、それとも事実なのか?
それはそれぞれに考えていただくとして、私が陰謀論の中で絶対に否定したい部分があります。
それは「ビートルズの音楽は、アドルノが作った」とする箇所です。
アドルノは、ドイツの哲学者・社会学者・音楽評論家で、作曲もしました。
アドルノの音楽の師はシェーンベルクの系統で、20世紀の現代音楽の12音技法を学びました。
これはいわゆる「現代音楽」ですから、ビートルズのコード進行による音楽とは似ても似つかぬもの。
カタブツのアドルノには、ビートルズの音楽を作曲するセンスはないと思います。
それにアドルノはヨーロッパの芸術音楽のみを擁護しており、ポピュラー音楽を嫌って批判しており、とくにジャズを軽蔑しています。
そのアドルノがロックを作るとは到底考えられません。
作曲はしていないと思いますが、人間心理の研究をしていたため、音楽制作に関して何か助言をした可能性はあり得ます。
つまりビートルズには楽曲制作のチームがいて、アドルノが心理操作の方法を教えたのかもしれない、ということですね。
なかなか結論は出ませんが、エンタメ業界も奥が深いというか、手強いですよ!
アドルの
握手をしている右の人物がアドルノ









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リチャード・ダッド フェアリー・フェローの世界

Jackie誌のクイーン特集 1976年によると、
フレディは作曲のインスピレーションを得るために、よくテイトギャラリーにリチャード・ダッドの絵を見に行っていたという。
リチャード・ダッドは、19世紀のイギリスの画家で、妖精やシェイクスピアの世界を描いたことで有名です。
20才でロイヤル・アカデミー美術学校に入り、「眠るティターニア」と「パック」が評価されました。

「眠るティターニア」 ルーブル美術館
眠るティターニア

「パック」
パック

しかし24才で中東を旅行していた時に、「自分はオシリスの使者だ」と言い始め、悪いものがついている人間を殺さなければならないという妄想に取り付かれて凶暴になってゆき、ついに「父親の中にいる悪魔を殺す」ために、父親をナイフで殺害してしまいました。
そのため精神病院に収容され、じつに40年以上にわたって最後まで病院で過ごすことになりました。

「お伽の木こりの入神の一撃」The Fairy-Feller’s Master Stroke
お伽のきこり
フレディはこの絵をもとに「フェアリ・フェラーの神技」を作曲しました。
この画面を埋め尽くす緻密な画法は、明らかに強迫的であり、画家の心理をあらわしています。
54センチ×40センチの小さな画面の中に、虫眼鏡を使って書き込まれています。
「妖精の木こりが放つ神技の一撃」という意味です。
妖精の木こりがヘーゼルの実を斧で割ろうとしており、魔女の女王ティターニアと妖精王オべロンもいます。
一説によると、この絵の人物たちの時間は凍りついたように止まっていますが、木こりがヘーゼルの実を割った時に再び時間が動き出し、自由の身になると考えられています。

リチャード・ダッドは、この絵について細かい説明文を残していました。
フレディが書いた歌詞は、かなりの部分がダッドの文章からそのまま引用されています。
今ではダッドの説明文をネットで探すことができますが(英語で)、1970年代にこれを探し出したフレディの情報収集力はすごいものだったと思います。
しかしこの絵を音楽化するというのもすごい試みで、しかもよくぞこれほどの音楽化が成功したものという、お気に入りの一曲です!

リチャード・ダッドは精神病院に収容されましたが、病院の中で絵を描くことができたので、生活の心配をすることなく画業に打ち込むことができました。
フレディはダッドやニジンスキーのように、人生の大半を精神病院で過ごした天才に惹かれるところがありましたが、フレディが狂気に陥ることはなくて良かったですね。まあ精神の均衡を保つために、倒れるまで買い物をしたり、同性愛に耽ったりしていたのでしょう。

「この黄色い砂浜に来て」
この黄色い砂浜に来て
シェイクスピアの「テンペスト」に着想を得て描かれたもの。
たしかに幻想的で神秘的な魅惑があります。
フレディもフェアリーフェローだったのかもしれません。

テイトギャラリーにある「彷徨える音楽家」
彷徨える音楽家
フレディは間違いなくこの絵を見ていました。

7月1日からEUは日本からの渡航も許可するようですが、テイトギャラリーに行かれる人は、ぜひダッドを見てみてください。
あっ、イギリスはEUではなかったか。





Jackie誌クイーン特集1976

Jackie誌クイーン特集 1976年
当時のイギリスの女の子たちもこのような記事を読んでいたのだなあというのが面白い。
日本語訳がこちらに載っています。
https://note.com/renrensoh/m/mb

ジャッキー

「戦場のメリークリスマス」

ふと思い立ち、「戦場のメリークリスマス」のDVDを見ました。じつに37年ぶりです!
「戦メリ」は大島渚監督で、デビッド・ボウイや坂本龍一、北野武、内田裕也などが出演しています。1983年作。
戦めり

ストーリーは1942年、ジャワ(インドネシア)の日本軍俘虜収容所で、所長のヨノイ大尉(坂本龍一)と、英国軍人俘虜のセリアズ少佐(デビッド・ボウイ)が出会い、互いに魅かれ合うが、過酷な戦争のさなか、二人は引き裂かれてしまいます。
デビッド・ボウイは35才ぐらい、坂本龍一30才ぐらい、若きアーティストが美しく、戦争の悲惨さを引き立てます。
デビッド・ボウイのオッド・アイが美しい。
オッド・アイとは、日本語では「虹彩異色症」と称し、左右の目の色が違うこと。ボウイは右目がブルー、左目がヘーゼル(淡い褐色)です。猫でいうと「金目銀目」ですね。猫では時たま見かけますが、人間のオッド・アイをしげしげと見たのは初めてでした。
フレディが「ファッション・エイド」で共演した女優のジェーン・シーモアもオッドアイでした。
オッドアイ

戦争映画としては、戦闘シーンはないのですが、俘虜収容所の過酷な状況が描かれ、男ばかりの世界なので、兵士同士のホモセクシュアルな関係も包み隠さず表現されています。(ただし、露見すると処刑されてしまいます)
ボウイと坂本は、敵味方を越え、人種、国籍、文化の違いを越えて魅かれ合うこともあるのだという証明になっています。
ボウイは極限的な状況において、我が身を捨てて坂本を抱擁しますが、坂本は軍人として自分の気持ちを露わにすることはありません。
(ボウイはセリアズ、坂本はヨノイなのですが、どうしてもボウイと坂本にしか見えず、ボウイが殴られると「ボウイを殴るな〜〜!」と思ってしまいます)

セリアズのボウイは、「兵士の中の兵士」と言われ、仲間からの信頼も厚く、最後は俘虜のリーダーを助けるために、己の命を差し出してしまいます。
ヨノイの坂本は、日本の帝国軍人らしく、ストイックで剛直な精神を持ち、規律正しく軍と国家のために尽くし、自己鍛錬を怠らず、俘虜には厳しく当たります。
ハラ軍曹の北野武も、粗野な性格ではありながら、純朴で善良な日本人を体現しています。
つまり登場人物がみな「純粋」で「正直」なのですが、それゆえに戦争に対しても忠実に尽くしてしまうところが哀しい。
37年前に見た時は、戦争の残酷さが印象に残りましたが、今回見てみると、純粋な人間の悲しさが心に沁みました。
37年前の初回バージョンでは、流血も生々しかったのですが、DVDでは血が流れないので、残酷さが軽減しているのかもしれません。
私たちも戦争の時代に生を受けていたらどうなっていたか? 純粋であればあるほど、戦争の犠牲になりやすいのではないでしょうか?
ボウイも坂本も皆、戦後生まれであり、ミュージシャンであるというのに、よく軍人の演技ができるものだと感心します。
ヨノイ

坂本龍一が帝国軍人として、「八紘一宇」の額を掲げ、剣道の稽古に励み、武士道の精神に邁進する姿や、北野武が死んだ兵士のために読経する声は、映画が公開された海外諸国の観衆に対して、日本人の姿を印象付けたことでしょう。
ハラキリの場面は何度も出てきますし、坂本は日本刀を振り回しています。
この映画は日本と英国、ニュージーランド(ロケ地)の共同制作なので、多くの外国で上映されました。
坂本が扮するヨノイは、「2.26事件の時に満州にいたので、決起に参加できなかったため死に遅れた」人物という設定で、三島由紀夫の姿が二重写しになっています。1983年公開ですから、1975年の三島の自決がまだ世界でも記憶に新しい時代です。
(ちなみに自決とは、「後世の人間に対して、恨みを言い残す行為」だそうです)

つまり何が言いたいかというと、フレディもこの映画を見たはずだということです。
フレディにとっては、友人のボウイが出ているし、ホモセクシュアルも扱っているらしいし、日本文化に興味があるし、三島由紀夫の自決の記憶もあるし、それじゃ見てみようか、ということにならない訳がないじゃないですか。
そしてこの映画の日本人像から、日本人のイメージを受け取ったことでしょうが、実際に日本へ来てみると、こんな日本人はどこにいるんだろう?と思ったのではないでしょうか。
1983年公開の「戦メリ」を見たことが、1986年来日の爆買いツアーにつながった可能もあるのではないか?と思います。
フレディが日本のボディガードに日本刀を贈った話は有名ですが、これも坂本龍一が振り回す真剣の影響を受けたのではないか?というのは考えすぎでしょうか?
ゴーインバック

じつは私は子供の頃、坂本龍一と接近遭遇したことがありました。
坂本くんは父の教え子だったので、千葉の海の保養所にいた時に、父に挨拶に来てくれたのです。
「坂本です!」と言った坂本くんの声は憶えています。私は小学生だったので、彼は全然覚えていないでしょう。
家も近かったので、中学校も同じでした。学年は違いますが。
「戦メリ」で坂本氏は英語を話していますが、あの英語の基礎を教えたのは私の父なのです、というのは自慢しすぎですが。
あの坂本くんが、本当にすばらしく成長されたことを嬉しく思います!

大島渚が起用するキャストの選定は、1に素人、2に歌うたいだそうですが、デビッド・ボウイはリンゼイ・ケンプに師事してパントマイムを習得していたので、役者としても慣れたものです。
一方の坂本は、やはり演技は生硬なものの、音楽はすばらしく、「戦メリ」の音楽は彼の最高傑作なのではないでしょうか?
彼のライブを見たことがありますが、戦メリのテーマをピアノで思い入れたっぷりに演奏していました。
そしてもう一曲、ボウイの弟がボーイソプラノで歌う歌が最高に美しい! 「Ride Ride Ride」
私はこの曲の楽譜を見て驚嘆したことがあります。
この曲があるからこそ、映画「戦メリ」は単なる戦争映画ではなく、人間精神の純粋さ、崇高さを伝えることに成功したのです!
坂本龍一は、日本が世界に誇る音楽家だと思います。

「戦メリ」のキャストについては、はじめはロバート・レッドフォードと沢田研二の案もあったそうです。
この二人の戦メリも見てみたかったですね。
ロバート・レッドフォードは、台本を読んで「なぜこの場面で日本人が死ぬのかわからない。これでは観衆の理解を得られないだろう」と言って断ったそうですが、日本には「恥の文化」というものがあり、日本の武士や軍人は恥のために死ぬということを知らなかったのですね。映画というのは、自国の知っている文化だけを扱うのではなく、他国の知らない文化についても理解しようとするものではないのでしょうか?

戦争を知らない若い世代には、いちど「戦メリ」を見ることをおすすめします。
戦争は絶対に繰り返してはならないと思います!


フレディが女性になったら

顔の変換アプリ、face App で遊んでみました。

これが
これが

こうなって、 (美しい〜!)
美しい


これは
これは

こうなり、
こうなり


そしてこれも、
そしてこれも

こうなりました。
こうなりました

どのフレディ、フレ子がいいですか?










プロフィール

楽園のペリ

Author:楽園のペリ
1975年、初来日の武道館でクイーンを体験、フレディのファンになる。長らくクイーンのことは忘れていたが、映画を見て思い出し、フレディについて研究するうち、ついにロンドンのガーデンロッジや、モントルーのクイーンスタジオまで行ってきました!

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